しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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「オードリー・ヘプバーン」写真展

日本橋三越で開催された写真展を見に行きました

初々しくて、可愛くて懐かしい姿がありました

1929年 ベルギー生まれ、イギリスに移住、’51年ブロードウェイの舞台「ジジ」で主役だった
舞台を見たウイリアム・ワイラー監督により「ローマの休日」に抜擢された。

「ローマの休日」ではヨーロッパを周遊中の某小国の王女アン、常に侍従が付きまとう生活に
嫌気がさし、滞在中のローマで大使館を脱出

偶然出会ったアメリカ人新聞記者(グレゴリー・ペック)とたった1日のラブストーリーを
繰り広げる

おなじみスペイン階段、だれでもここでアイスクリームを食べたいけど、10年以上前でしたが
この場所は飲食禁止になっていました

スクーターに乗ったこのシーンも忘れがたいですね

ローマで真似をしました、誰もがするので教会前にいつも長い列ができています

最初の王女姿の時よりいきいきした表情に見えますが、切なかったシーンです

ローマの街での大冒険のスクープ写真はこの時王女に手渡されましたね

印象に残るシーンでした    この映画でアカデミー賞主演女優賞に選ばれました

「麗しのサブリナ」の時かしら

飾らないこんな姿も可愛い

この瞳に誰もが魅せられたのでした

「シャレード」のオードリー

 

彼女主演の多くの映画を見ました、この時代のハリウッドの有名な俳優たちとの共演で、
当時共演した有名俳優たち、覚えているだけでもすごいメンバーでした。

H・ボガート、W・ホールデン、F・アステア、J・ペパード、k・グランド、G・クーパー等々
オードリーよりかなり年上の俳優たちです。

久しぶりの主演映画だったように思う’76年の「ロビンとマリアン」はロビン・フット役の
S・コネリーと二人とも年を重ねたなという印象でしたが、今思うと彼女が49歳の時ですから
そんなに年を重ねたほどでもなかったのでした。

晩年はユニセフ大使として活躍していましたね。
1993年1月20日 64歳の生涯でした。
ハリウッド映画の思い出多いスターでした。

ショップには懐かしい写真がたくさんありました。

 

入場するとき渡されたパンフレットにクイズが書かれていて、
1階から3階のフロアに一文字づつ書かれた文字を追ってゆくと
屋上に答えがあることがわかりそれがこちらでした、もちろん
「ローマの休日」ですよね、ご褒美は写真のポストカードでした。

 

 

 

 

 

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「木下大サーカス」

入場券を購入しあった息子夫婦と「木下大サーカス」を見に「みなとみらい特設会場」に
出かけました。

サーカスなんて何年ぶりでしょうか、懐かしい思い出は子供のころ見たサーカスです。

 

会場はテント張りで、見ただけで懐かしさでいっぱいになりました

 

検温と消毒してから会場に入ります、ウイークデーで小さいお子さんを連れた家族が
多かったです

長椅子に一人おきに座る席でした、テントは大きかったけど中央ステージは思いのほか
小さく感じました

外国人男性二人のピエロの演技から始まり、華麗なるオープニングショー、そして中央の
地上13mでのダブル空中ブランコショーは大小6つのブランコにより繰り広げられるサーカスの
華です、圧巻の「目隠し飛行」などアーティストたちによる息をのむ大技の数々と、女性たち
によるロシアン空中アクロバットショーも素晴らしかった

中央左の丸い網のような中でのバイクのショーは2台のバイクの演技から3台のバイクになり、
会場にバイクの音が響き渡りました

6頭のホワイトライオンのショー、シマウマやゾウなどのアメイジングサファリスペクタクル、
東大寺の落慶法要にも奉納された古典芸・坂網、梯子のショーや古典曲芸などの演技者は
日本人のようでしたが、全体的に外国人演技者も多いようでした

スーパーミラクルイリュージョン・木下大サーカスは素晴らしかったですが、緊急事態宣言に
より回数など減らしての興行です

 

帰り道すぐ駅に向かわずに少し遠回りをして散策も楽しみました

 

遠くに横浜ベイブリッジが見えて、余韻を楽しみながらの帰宅になりました。

 

 

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サザエさん通り~「西南学院大学」

紅葉神社の次にどこに向かっているのか聞かずについて行くと思いがけないところに出ました。

 

サザエさんって東京ではないの?

町子先生とサザエさん

長谷川町子さんと「西南学院」サザエさんの原作者長谷川町子さんは
1944年~46年(昭和19年~21年)にかけて福岡市(現在の早良区西町)
に住んでいました。自叙伝風に描かれた漫画「サザエさんうちあけ話」
には、終戦後、長谷川町子さんが進駐軍を西南学院中学部の先生宅に
案内する場面が描かれています、町子さんが当時住んでいた家の道を
挟んだ向かいが西南学院の中学部だったことからこのようなエピソード
が生まれたのでしょうと書かれていました

そこからすぐ近くの西南学院大学にも立ち寄りました

博物館で開催中の絵を描くという生き方「黒木重雄」展を見せていただきました

幾何学模様が好きだからでしょうか印象に残った1枚、「集合住宅」左端の下段のベランダ
水玉模様好きの家族、奥さんが今まさにバスタオルを干すところだそうです

アメリカのアース付き3穴コンセントが顔に見えるというユーモラスかつナンセンスな絵
という解説がありました

博物館内部の素敵な部屋

作者黒木重雄氏は西南学院大学、人間科学部、児童教育学科教授でした

絵はこの場所に飾られていました

2階からの眺めも素敵です、館内にいた時誰にも会わなかったのです

思いがけない作品を見せてもらいました、博物館はこんな素敵な建物です

 

サザエさん通りは西新駅近くから福岡タワーあたりまでかなりの距離でしたが、この日は
東京に戻る日で、立ち寄ったのはこのあたりだけ、この後ホテルに預けた荷物を取り
空港に向かいました。

 

サザエさん通り福岡タワーのある海浜公園まで続いているようでした。

 

コロナ禍の最中に GO to トラベルとはいえ、旅行をしてよいものか迷い、胃が痛くなる思い
でしたが、空港からレンタカーで糸島、唐津、天草に行きましたが、人との接触はなるべく
避けて、一人で立ち寄った太宰府天満宮も思ったより人出は少なくほっとしました。
市内散策も東京に比べたら博多あたりは別として(博多はほとんど通過)それでも人との
かかわりや蜜を避けての旅になりました。

 

(12月3日)

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恒例「富岡八幡宮の豆まき」

2月3日 節分の朝通りかかったときは静かでした

16時15分ごろ豆まきが始まるという情報に、16時ごろ家から近い富岡八幡宮に行きました

この日に豆まきをする年男、年女さんたちの名前入りの提灯です

お払いが済むとまずお相撲さんたちの豆まき

舞台に上がり豪快な豆まきです

そして八幡宮にゆかりの方々の本番です

ちょっと見にくかったですが、右端は江東区長さん、左のスーツ姿はこの辺りではおなじみの
柿沢未途氏、右隣りは毎年参加の嘉門タツオさん

中央は元宝塚スター日向薫さん

反対側中央はやくみつお氏、お隣は能楽師の方のようです

豪快にまいているこちらは歌手の方のようですがお名前ききそびれました

山本一力氏、以前この辺りにお住まいで時々お見掛けしました、作品で深川はおなじみですね

テリー伊藤さん、こちらの舞台の背中合わせに大和田伸也さん親子は今年も参加でした

テリーさんは毎年おなじみですから、よく声がかかっていました。

年男、年女さんたちがまいた豆を紙袋などで受けるのがこちらのやり方、私も一応持って
行きましたら、小さい袋でしたが意外にたくさん入っていました。

今年は我が家では煮豆と煎り豆を用意しましたが、撒かないで頂きました、年の数ぐらいは
食べたかもしれません、家族の健康を祈って。

例年になく暖かい節分でした。

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亀戸天神「鷽替神事」

1月24,25日は亀戸天神の「うそかえ神事」、最近はかなり込み合うようなので早めに
家を出て、行列に並んだのは初日24日の朝7時半ごろでした。

 

早咲きの梅の花が少しほころび始めていました

お札や御朱印をただく受付前の広場に

こんな列ができていました、並んだときは赤いテントの向こう側あたりでした

8時半の太鼓の合図でお払いとともに授与が始まりました、お囃子も盛り上げます

並び始めたころはどんよりしていた空も時間とともにこんな青空になりました

ようやく自分の順番が来たのは9時過ぎていました

鷽は実在する小型の鳥で凶事を「嘘」にして吉事に(鳥)替える、または人々が
知らず知らずのうちについた「嘘」を「誠」に取り替えると伝えられています

鷽替神事は江戸時代後期から始まったようです、歴史のある行事なのです

まず列に並んでしまったので、お詣りが後になりました

大きなうそ鳥が飾られています

新しいのを授与されるときに古いのは納めましたが、こちらでも納められます。

右に見えているロープは私が並んだ反対側で、この辺りまで列が続いているということで、
天満宮の境内を1周するほどの人の列でした。

以前妹夫婦と午後に着いたら3時間待ちと言われて諦めたことがありました。

 

 

天神様に詣でたときは必ず立ち寄る船橋屋さんに9時半すぎたころに
寄ったら、偶然私の列の前に並んでいた方と一緒になり、まだ待って
いる人もいるので、相席してもらいおしゃべりを楽しみました。

やはり最近は詣でる人が多くなったと感じると言っていました、
くずもちを楽しみ亀戸の駅まで一緒に歩きました。

 

(1月24日 撮影)

 

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アナゴの恵方巻

「アナゴの恵方むき」読売新聞の夕刊で見かけた写真です。
なんと仙台うみの杜水族館で「アナゴの恵方巻き水槽」が、展示されているそうです。

アナゴ好きとしては見逃せません。

 

筒の長さは50㎝、直径は約10㎝  アナゴは狭い場所や穴などに潜り込む習性があり
恵方巻の具材にも使われることから季節に合わせた展示として初めて企画されたそうです

 

それも今年の恵方に向いいるそうで筒から顔をにょきっと出すユーモラスな姿は人気だとか

 

本当にかわいい!

 

好物のアナゴずしが食べにくくなりそうです。

 

(1月24日の読売新聞夕刊より)

 

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清澄庭園のお正月

今年も清澄庭園に出かけました

時々出かけますが、新年恒例になりました

池に突き出るように建てられている数寄屋造りの建物涼亭がこの庭園を日本情緒豊かにします

池の端に石を点々と置いてそこを歩けるようにした磯渡りです

大泉水の周りを1周できます、この季節雪つりも見られます

中の島に渡る橋の奥に見える小高いところは富士山と言われるこの庭園で最も高く大きな築山

橋を渡った中の島にも松の木に雪吊りが見られます

中が見上げられるタイプ、以前浜松町の浜離宮恩賜庭園でもみかけましたが

大泉水にはいろいろな野鳥が集まります、昔は隅田川から水を引いていました、そのため
潮の干潮によって池の景観が微妙に変化したといわれますが、現在は雨水でまかなっています

枯滝です

涼亭側から反対側の大正記念館の向こうにスカイツリーも見えます

この日のサギは三つの中島の一つ松島の雪見灯籠の上にいました

冬の花ですね

色鮮やかなこちらは山茶花

少し入ったところに石仏群があります、中央は阿弥陀仏です

イベントが行われる自由広場に向かいます

本日のイベントは江東区指定無形文化財「砂村座」の獅子舞です

獅子舞の意味や由来など調べてみました

悪魔祓い、飢餓や病気を追い払う意味が込められていました

インドから中国へそして日本へ伝わったといわれます、獅子とはライオンのこと

日本では16世紀の初め室町時代に伊勢の国で飢饉や疫病を払うためにお正月に獅子舞を
舞ったのが始まり言われます

その後伊勢から江戸へ伝わり、祝い事や祭り事で獅子舞が定着し江戸時代初期ごろまでに
「江戸大神楽」と「伊勢大神楽」い言われる団体が獅子舞を舞いながら全国を回り、
悪魔祓いをしたことで日本各地に伝わったようです

関東、東北地方などで主にみられる獅子舞は、基本的に1人1匹を演じ「風流系」といわれる

獅子もミカンを食べます、ちゃんと皮を出しました

そして食べた後は眠くなったようです

お休み中

寝転んでの演技は難しいそうです

獅子舞の演技はここまで

演技終了後は

厄除けをしてもらいます

獅子舞が人の頭を噛む動作をするのは、その人についた邪気を食べてくれるそうです

悪魔祓いや病気退治の意味があるため、悪いことから守ってくれるご利益があると考えられます

お正月ですからご祝儀を渡します

子供の場合は、厄除けの効果が強くなるともいわれます

学力向上や無病息災、健やかな成長にご利益があるといわれます

とはいえ子供には怖いでしょう、獅子が近づくと泣き出す子供も多かったです。

語呂合わせで「獅子がかみつくと神が付く」という縁起かつぎの意味もあるようです。

より良い1年を過ごしたいと願いは今も昔も変わりませんね。

 

私もコツコツと噛んでもらいました。
この1年健康でありますようにと願いを込めて。

 

(1月2日 撮影)

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東京ミチテラス2019

今年もこの季節がやってきました

行幸通りの光のドレープから見物しました

スクリーンを使った映像と照明による演出

シャンパンゴールドのLEDによる幻想的な空間を創出

光のライブパフォーマーが

会場を盛り上げます

会場は一方通行です流れに従い東京駅が正面に見えるところでUターンです

刻々と変わるスクリーン

行幸通りの一方通行も少し待って入場したのに思ったより早く終わってしまいました

皇居の見える側でUターンして

中通りが出口ですここもきれいでした、少し行くと左が丸ビル

丸ビルの1階ロビーは「スターウオーズ」の演出

近寄れないほどでした

こちらは「KITTE」ビルロビー、古くから心を込めた贈り物の象徴として
日本人の心と心をむすんできた水引と現代のテクノロジーを掛け合わせた
不思議なクリスマスツリーでした

KITTEビルの6階のテラスに出てみました

東京駅丸の内広場のイルミネーションです

左の大きいビルは新丸ビルその手前が行幸通りです

駅舎はやっぱり趣があります

ここからなら八重洲側のビルも一望できます

新幹線のホームと停車している列車が見えました、手前を通るのは山手線でしょうか?

この景色は見飽きません、長い年月かかり完成した広場が見渡せるのはここが一番です

木の間に時々光が走ります、乗って帰るバスの停留所も見えます

駅舎の前のツリー前に下りてきました

行幸通りのほかに中通り沿いのビルでもイベントがあったようです。
人波に疲れて早めに帰宅しました。

 

「東京ミチテラス」 2019年最後のイベントです。

 

(12月23日 撮影 27日 投稿)

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「大嘗宮」

乾濠を渡り東御苑に到着したのですが、なかなか目的地にはたどり着けません

一方通行の道をひたすら歩きますが、久しぶりに東御苑も見物できました

だんだん見えてきましたがまだ先です

バラ園  この辺りは通ってきた蓮池豪石垣の上あたりです

全景がみえてきました、気になりながら流れについてゆくしかありません

つわぶきがいっぱいなのは、江戸城松の大廊下あたりでしょうか

ようやく本丸休憩所近くに着きました

即位した天皇が、悠基国・主基国から献上された新穀を神々に供え、自らもそれを食し、
五穀豊穣と国家・国民の安寧を祈願する神道による儀式大嘗祭(だいじょうさい、
おおにえまつり、おおなめまつり)は、日本の天皇が皇位継承に際して行う宮中祭祀であり、
皇室行事です。

冬桜越しに見える大嘗宮は、江戸城大奥跡あたりに建てられました

春ごろと思いますが、このあたりを散策したとき建設準備が始まっており、何が建つのかのか
係の人に聞いたところ、すごいものが建てられるので是非見にいらっしゃいと言われました、
その時はよく知らなくてのちに大嘗宮と知りました

屋根に飾りのある建物右側は悠紀殿(ゆきでん)東方の祭壇となる殿舎、天皇陛下が新穀を
供え、自らも食す建物、左側は主基殿(すきでん)西方の祭場となる殿舎

300年の伝統「大嘗祭」が行われた宮殿、鳥居は南神門、大嘗宮に設けられた五つの門のひとつ、
鳥居奥の建物は殿外小忌握社(でんがいおみあくしゃ)女性皇族が参列するところです

難しい名前の建物です、それにしてもこんなに風通しの良い建物とは思いませんでした

青空の下多くの観客でした

不思議な建物です

膳屋の壁の飾りも不思議でした

屋根飾りのある主基殿を横から見ました

左側の廻立殿(かいりゅうでん)は天皇、皇后両陛下が身を清め、着替える建物

主基殿の全体が見えました

正面から見た建物とずいぶん違いました、右側は斎庫、新穀を保管する建物

大嘗宮は思ったより広かったです

この日一番美しかった紅葉です

テレビで見た大嘗宮の儀式は幻想的でしたが、昼間見る宮殿は雰囲気が違いました

桃華楽堂  香淳皇后(昭和天皇の皇后)のご還暦のお祝いして建設(昭和41年)された音楽堂

大嘗宮が公開中は汐見坂が通れなくて、遠回りの梅林坂から大手門方面に向かいました。

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皇居の紅葉

正門鉄橋 (二重橋)

紅葉が見ごろでした、荷物検査などを経て行列は進みます

恒例の乾通りを散策できる期間になったので思いがけず見物できました、開門の9時前に
坂下門に到着していましたが開門が早くなりほとんど待たずに入場できました、この坂下門は
皇居内で一番人通りの多い門だそうです

宮殿  今回こちらには入れません

松とのコントラストも美しい紅葉でした

入場できない道、山下通

富士見多聞が見えてきました

反対側には色づいた銀杏の木の下で冬桜が満開でした

富士見多聞の下は蓮池豪

行列はなるべく動くように言われます、局門の前でも”長く立ち止まらないで”とのアナウンス

もみじの種類も多いようでいろいろな色が楽しめます、奥に見えるお濠にかかる橋は二の丸庭園
に行く道のようです、ここが今回の通り抜けの違うところ、例年は乾門に抜ける道が散策できる
のですが今回は目的が違いました

以前、宮内庁に申し込み、案内付きで皇居内を散策したことがありますその時は二重橋も
内側から見られて感激しました、宮殿前の広場でも解説付きで見物できました

長屋門だったように思います、局門と続いていたのかもしれません

紅葉したもみじと桜、意外な組み合わせです

道潅濠  江戸城を築城した室町中期の武将、太田道灌ゆかりの濠でしょうか

このまままっすぐ行くと乾門に着きますが右に折れ、普段は通行禁止の道を行きます

乾通りから右に折れて先ほど見えた乾濠の橋を渡ります、普段は通行禁止の道です

石垣に紅葉は一段と美しいです

着いたところは皇居東御苑の天守台跡前です

この日の目的は、先日大嘗祭が行われた「大嘗宮」です。
ここからすぐ見られるわけではなく、一度本丸大芝生のところを通りぐるっと回って
たどり着く一方方向です、ここに行くまではまだかなり先を回らないと着きません。

長い列が続いていました。