しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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「大河への道」伊能忠敬

 

これは富岡八幡宮の境内にある伊能忠敬の像です
少し前に写真を撮ってあるのを思い出しました、早歩きを体の痛さで休んだ早朝、テレビ
クルーが八幡宮を訪れるのを知り、家から近いので出かけてみました

 

明るく見えますが、朝5時頃だったと思います

 

永代通りは車道も歩道もこんなに人通りがない時間でした。

 

 

「大河への道」という伊能忠敬の映画が上映されているのを知り出かけました。

 

千葉県香取市、市役所総務課に勤める主人公は、市の観光振興策を検討する会議で意見を求め
られ、苦し紛れに大河ドラマ制作を提案、思いがけずそれが通り、郷土の偉人、伊能忠敬を
主人公とする大河ドラマの企画が立ち上がってしまう

 

ところが企画を進めるうちに、日本地図を完成させたのは伊能忠敬ではなかった!?
彼は地図完成の3年前に亡くなっていた!

という驚きの事実が明らかに、、、

江戸と令和、2つの時代を舞台に明かされていく日本初の全国地図誕生秘話

 

世界を驚かせた「初の日本地図」完成から200年、その裏に隠され続けた秘密が明らかにされる

 

夢とロマンを抱き55歳から地図作りを始めた伊能忠敬
根気と執念で日本地図を測量すること17年、歩いた距離は、地球一周分、そして1821年
ついに日本初の実測地図「大日本沿海輿地全図」(伊能図)は完成した・・というのが
歴史の授業で習うこと、しかし、200年の時を経て常識をひっくり返す映画が誕生した

 

出演者全員が二役です

 

企画を進めるうちに、日本地図を完成させたのは伊能忠敬ではなかった!?
彼は地図完成の3年前に亡くなっていた!

 

という驚きの事実が明らかに・・・

 

江戸と令和、2つの時代を舞台に明かされていく日本初の全国地図誕生秘話、そこには
地図を完成させるため、伊能忠敬の弟子たちが命を懸けて取り組んだとんでもない隠密
作戦があった

この国の正しい姿をきちんと形にすることが外国から守るはじめの一歩

 

名もなき人々が歴史を変えた実話の物語

 

忠敬は49歳の時に息子に家督を譲って隠居し、江戸に出て深川に隠宅を構えた。
幕府天文方高橋至時(よしとき)の門弟となり、天文学を本格的に学んだ。

忠敬は隠宅に本格的な天門観測施設を整備し、至時から学ぶとともに、恒星の高度角の
観測など、天文観測に明け暮れた。

 

江戸時代に蝦夷地から九州まで17年かけて測量し、日本全図の完成に向けて指揮をとった。
全国測量は隠居後の55歳から始まり71歳まで続けられたが、地図の完成を見ることなく
73歳でその生涯を閉じた。

 

映画は意外な結末でした。

 

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夏越大祓 「茅の輪くぐり」

6月30日が「茅の輪くぐり」なのに、忘れていて今朝通りかかり気が付き用事を済ませて
八幡宮に向かったのは11時ごろになっていました

 

第一日曜日は「骨董市」です、冬でも薄暗い早朝から境内にお店が並びます、早朝には人出が
あったかもしれませんが連日猛暑日が続いているこんな時間では、少し寂しい境内でした

 

境内にもお店が並びます

 

参道も両側に並びます

 

こちらのおばちゃんのお店は骨董というより和風の生地でいろいろ手作りの品を取り揃えて
女性に人気のお店なのです、私も小さなポーチを買ったことがあります

 

早朝には賑わったのでしょうか、朝が早いので午後3時ごろにはお店は片付け始めます

 

少し寂しい骨董市でした

 

帰りは東参道からです

 

東参道から家に戻ろうとしたところ、きれな花が咲いている木を見つけ
立ち寄りました、花は夾竹桃(きょうちくとう)でした

 

少し歩いただけでも汗びっしょりだったので、池の水が涼しげに見えました

 

猛暑の日曜日、弁財天さんにもお参りできました。

 

(7月3日9

 

 

骨董市が終わると、静かな境内に茅の輪がありました。

 

 

 

 

 

 

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「白山神社」の紫陽花

紫陽花の名所・東京十社・小石川鎮守,.文京区の「白山神社」に
今年も紫陽花を見に出かけました

 

手水舎もこの時期は紫陽花で飾られます

 

素敵でした

 

「拝殿」  まずはお参りさせていただきます

後ろ姿になってしまいましたが、江戸中期に奉納された狛犬の眼が黄色なんです

ご利益は 縁結びだけでなく、商談の神様として親しまれています

小石川と白山の地名由来なった神社です

参道両脇の紫陽花も満開になっていました

 

やっぱり6月生まれには親しみのある花です

 

種類も色も多く見ごたえがあります

 

くちなしの花も同じ時期に咲くのでした

 

葉にも特徴がある柏葉紫陽花

 

こちらから見ても素敵な手水舎です

 

拝殿横を通り奥に行くと

 

「富士塚」があります 富士信仰(浅間信仰)に基づき、富士山に摸して造営された人工の
山です、この時期は紫陽花がきれいです

 

以前はこの時期頂上まで登れたのですが、この数年は残念ながら開かれません

 

こちらは出口、登ったことはあります

 

奥にあるこちらが「本殿」

 

白山神社の紫陽花は今年も素敵でした。

 

 

いつもこの時期参道の民家の前で見られるエンジェルトランペット

 

今年も咲いていました。

 

 

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根津神社の「つつじの花」

4月末では少し遅いと思いましたが、後半のつつじが見られるかもと文京区の「根津神社」に
出かけました、表参道の鳥居を入るともう見えています

やっぱり! 少し遅かったようです

新芽が目立ちちょっとがっかり

何回も訪れていますが、こんな時期に来たのは初めてと思いました

もちろんこの時期に満開のつつじもあります

つつじ越しの唐門

アヤメでしょうね、こちらでツツジと一緒に見るの初めての気がします

週末で結構人出は多かったです

この時期に満開のはなを撮りました

少しがっかりして山を下りました

この行列で鳥居をくぐるのは諦めました

拝殿にも行列、こちらは並んで順番を待ちました

重要文化財の拝殿で、お参りは出来ました

残念ながら楼門は通過できませんでした

楼門も重要文化財です。

少し残念なつつじ見物でした。

 

(4月29日)

ネットの不具合などで久しぶりの更新になりました。

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「亀戸天神社」 梅まつり

小村井梅園に出かけた3日後、開花状況で亀戸天神の梅の花は
もう少し咲いている様子だったので出かけてみる事にしました

 

3月3日ひな祭りの朝でした

 

赤い太鼓橋(一つ目は男橋)の上から眺めると左右の違いがよく分かります、左は藤棚です

 

この季節の主役は右側梅の花です

 

こちらが二つ目の太鼓橋女橋です

 

社殿にお参りです  「天満大神は菅原道真公」

 

太宰府の2色の梅の花が飾られています

 

この角度からもスカイツリーが見えます

 

古くはご本社にあたる九州太宰府天満宮に対して東の太宰府として「東宰府天満宮」あるいは
「亀戸宰府天満宮」と称されていましたが、明治6年に東京府社となってより神戸神社と号し、
昭和11年に現在の亀戸天神と称されるようになりました

 

御嶽神社前も梅の花がたくさん咲いていました

 

この辺りは満開に近い状態の花が見られました

 

バックのせいでしょうか、梅の花らしい印象的な一枝でした

 

若い木も育っています

 

紅白で並ぶ若木

 

社殿の下には神牛

 

この辺りはこれから咲く品種のようです

 

紅梅殿の脇にも美しい枝垂れ梅が見られました

 

向かい側のこちらは地面に届きそうな薄緑の花

 

対照的な華やかな梅の花が並びます

 

あでやかでした

 

心字池を覗くと太鼓橋と梅が素敵でした

 

印象に残る美しさで見入ってしまいました

 

花園社の2色の梅も美しい

 

スカイツリーと梅の花、下の藤棚に花が咲いているとき
この角度で撮った気がします

 

心字池に白い梅の花も素敵です

 

太鼓橋から眺めるいつもの景色です

 

梅の花を堪能しました。

 

(3月3日)

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小村井「香梅園」

東武亀戸線「小村井駅」から徒歩数分の所にある香取神社「梅屋敷」の梅の開花を
待っていました、今年は例年より遅かったようです

 

千葉県香取神社の分社です

 

江戸時代には三千坪を超える広大な梅園があり「梅屋敷」と呼ばれた
梅の名所として知られていたそうです

 

しかし「小村井梅園」は明治43年の洪水で流失し、廃園になりました
その「小村井梅園」が香取神社の境内に造られたのは平成6年です

 

85種120本の梅が植えられています

2月中旬から3月上旬にかけて「梅まつり」が開催されます

昨年3月になってから訪れたらかなり散っていたので、今年は2月下旬に出かけたのですが、
残念ながら木によってはまだ蕾のほうが多かったです

早咲きは満開状態のもありました

種類によりこんなに咲く時期が違います

 

少し残念な景色でした、満開状態の時はカラフルで素敵な梅林です

 

もう一度見に行きたいと思いました

 

少し残念な梅の花見物でした、いつもなら亀戸天満宮にも立ち寄るのですが後日にしました

 

東武亀戸線小村井駅の踏切です、この近くの用事があり立ち寄りました。

 

(2月26日)

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上野東照宮の「冬ぼたん」

上野東照宮の冬牡丹のことを思い出し、調べたら2月下旬までとわかり
見に出かけました

冬晴れの午前中、久しぶりに外出しました

門を入るとすぐ左手にぼたん苑があります

入り口を入るとこんな飾りが出迎えてくれます

久しぶりの冬ぼたんです

ワラ囲いが並びます、今年は雪が積もった様子が見られましたね、忘れていたのが少し残念です

左手奥に見えるのは春ぼたんの苗です

水仙もワラ囲いの中では同じ方向に向き咲いていました

昔冬ぼたんはお正月に縁起物の飾り花として使われていました、

しかし育成が弱く今では葉ボタンがその主流となっています

ぼたんは普通春(4~5月)に豪華絢爛な花を付けますがこちらではぼたんの持つ特質を
寒中花として「冬ぼたん」を開花させたそうです

雪のちらつく冬空に雪除けの「ワラ囲い」の中でひっそり咲くその姿は見る人の心を
和ませてくれます

島大臣は大輪でした

ワラ囲いの中で寄り添う姿にほっこりします

とてもカラフルです

左手奥のヤツデの木の前にクリスマスローズも咲いていました

冬の日差しに透けるような花びらのは鎌田藤という名前でした

ピンクも多種です

寄せ植えのバックに咲いている黄色の花はロウバイ

ぼたんのそばに福寿草も咲いていました

御国の曙という名前がついた白いぼたん

花簪 (はなかんざし) ぼたんではありませんが、かわいい名前の花です

こちらは同じ白でも新芙蓉という名前でした

これがぼたん色でしょうか

紫雲殿 同じような色でもそれぞれ名前が違います

五重塔にも似合います

休憩所です

2月22日、この日は「猫の日」とわかり猫をプラスしたと係の方が言っていました

以前こちらにミツマタの大きな木があったように思います

ぼたん苑のあちこちから見える五重塔

早咲きの桜でしょうか

こちらは梅花のようでした

五重塔はワラ囲いも合いますね

「島錦」という名前のぼたん、絞りとの2色植えでした

数輪だけ咲いていたのは枝垂れ梅でしょうか

素晴らしいぼたんの花を楽しみました、ぼたん苑の出口です

 

少し先の「東照宮」にお参りしました

上野東照宮は1627年創建の神社です、東照宮とは徳川家康公(東照大権現)を神様として
お祀りする神社です  「透塀」菱格子の向こう側が透けて見えることでこの呼び名があります

「唐門」 幻想的一枚になりました

銅灯籠 48基は諸大名から奉納されたもの

大石鳥居

1633年(嘉永10年))酒井忠世奉納

石材には備前の御影石が使用されています。
関東大震災の折にも少しも傾かなかったほど工事が頑丈だったことは
当時大変驚かれたそうです。

 

(2月22日)

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「穴八幡宮」

新宿区早稲田の「放生寺」のすぐ隣の「穴八幡宮」もお参りしました

 

何度かお参りしたことがありますが、毎年妹から金運のお守りである
「一陽来復」のお守りをいただくので私にはなじみの神社です

 

11月末のこんなに紅葉が美しい頃でした

 

「楼門」  12月22日の冬至から2月3日までの間に「一陽来復御守」が授与されます

 

「鼓楼」  神社では珍しいようです

 

本殿

 

2月22日の”冬至”の日には「冬至祭」が行われるようで、朝から
「一陽来復」のお札をいただくために長蛇の列になるようです

 

以前友人と夜にも訪れたことがあり、静かで神秘的だったのを思い出します。

 

「放生寺」のすぐお隣でした。

 

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富岡八幡宮 「骨董市」

10月30日 門前仲町駅に向かうのに八幡宮の境内を通ったときは

静かな境内でしたが、

翌日の日曜日には骨董市が開かれていました

人出は少し増えた気がします

いつものように露店が並んでいました

この日は骨董市とは別に催し物がありました

 

骨董市の日は朝6時ごろから境内いっぱいにお店が並びます

この日は「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」の最終日でした

10日間にわたり開催され八幡宮のほかにお隣のお不動さんやたくさん会場があったようです

これは絵馬神輿

こんな作品も展示されていました

催し物のことは知らなくて少し残念でした

いつもの骨董市より賑やかでした

八幡宮の西側の鳥居

 

ずっと以前入手した無地の帯地で袋物を作りたいと思いひもを探していたのですが、
この日色が合いそうだったので帯締めを買いました。
洋服は作っても袋物は苦手なので完成するかはわかりませんが、楽しみができました。

 

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富岡八幡宮の「夏越の大祓」

6月と12月の晦日(みそか)に全国の神社で行われるのが大祓式です

 

特に6月の大祓は夏越の祓(なごしのはらえ)と呼ばれ、茅で出来た直径3mの茅の輪をくぐる
神事で知られています
今年は参加者の人数も制限され外での式となりました

午後3時「夏越大祓式」がはじまりました

 

一礼して茅の輪をくぐり、左に回りまた茅の輪をくぐり、今度は右側に回りもう一度くぐり
左に回ります

 

茅の輪の由来が話されました、その昔蘇民将来(そみんしょうらい)というものが茅の輪を
腰につけて疫病から逃れたという故事に因んだものです、青々とした茅の旺盛な生命力に
あやかって災厄を祓う願いも込められているのだそうです

階段の下にいた私たちもお祓いを受けられました

 

夏越の大祓式は一年の半ばに当たり心身を祓い清め清々しい姿に立ち返ろうとする伝統行事です

 

今年は特に新型コロナウイルスのことを考えずにはいられません、一日も早く世の中から
祓いたいものです

 

 

1年の半分が過ぎた6月30日「夏越大祓」で茅の輪をくぐり、半年間にたまった穢れを祓い、
これから迎える暑い夏を健やかに過ごせるよう祈願する、「夏越大祓式」に参加しました。

 

(6月30日  富岡八幡宮)