しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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大本山「南禅寺」

永観堂の前の道を行くと間もなく南禅寺北門に出ました

臨済宗南禅寺派の大本山 歌舞伎「楼門五三桐」で石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな、、」
の台詞で有名な三門です

法堂に向かう参道のモミジも少し残っていました

法堂 法式行事や公式の法要が行われる場所で、南禅寺の中心となる建物です

本坊 東山の緑を背にして立つ庫裏です

本坊の左手には唐破風の大玄関があります。この大玄関は特別な行事の時にのみ使用されます

龍虎の間

方丈庭園  江戸時代初期の代表的な枯山水庭園です俗に「虎の子渡し」と呼ばれ、
江戸初期以降に見られる樹木と石を一ヶ所にまとめた広い余白が楽しめる有数の名園です

品格のある大方丈の庭園は昭和26年に国指定の名勝となりました

六道庭園 「如心庭」が解脱した心の庭あるの対して、この「六道庭」は六道輪廻の戒めの
庭です。六道輪廻とは、天井・人間・修羅・畜生・飢餓・地獄の六つの世界を我々は生まれ
変わり続けるという仏教の世界観のことだそうです

回廊に囲まれた坪庭

「華厳庭」

「龍吟庭」 池は豢龍池(かんりゅういけ)

 

南禅寺といえばこの赤煉瓦のローマ水道橋に似た水道橋、「水路閣」です

疎水は琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路で南禅寺横を通っています

紅葉が映えるアーチ

このアーチも素敵です、撮影のスポットになっていました

途中にあったのは鐘楼でしょうか?

疎水の流れを見に上がりました

ずっと前ですがこの流れに沿って歩いたことがありました、たしか
蹴上に出たように思います、なんだか懐かしかった

桜もいいですが、紅葉も素敵です

アーチに見とれてこの日は南禅院に立ち寄るのを忘れました

三門にも入れたのでしょうか、気が付かなくて残念でした

絶景が見られたでしょうに

紅葉が美しかった

しばし見とれました

三門はやはり見ごたえがあります。

 

久しぶりの南禅寺はやっぱり素敵でした。

次の目的地に迷いながら南禅寺を後にしました。

 

 

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「禅林寺 永観堂」

一乗寺からの帰り道、少し予定を変えてバスを南禅寺道で下車、先に立ち寄ったのは
大好きな「永観堂」でした、昔から京都に行くと必ずのように立ち寄ったお寺さんです。

 

東山の裾野は近代の政財界の要人がこぞって別荘を構えた風光明媚は土地柄、モミジで名高い
永観堂があるのは、その奥座敷といったところ

浄土宗西山禅林寺派の総本山

約3000本ものモミジが境内を真っ赤に埋め尽くす、東山屈指の紅葉の名所で、
「モミジの永観堂」と親しまれています

何度となく訪れるのはもう一つ目的がありました、お会いしたい仏像があるのです

大玄関から入ります

禅林寺が大きく発展したのは永観律師の時代です、律師は境内に施療院を建てるなど、
恵まれない人々のために奔走、永観律師を慕う人々によって禅林寺はいつしか永観堂と
呼ばれるようになりました

唐門 天皇の使いが出入りするときに使われた勅使門、釈迦堂との間に盛砂が作られている、
勅使はこの盛砂を踏んで身を清めてから中に進んだそうです

阿弥陀堂に向かいます

お堂はかなり上です

 

「三鈷の松」の木の前を通り

臥龍廊を

上ります

美しく残っているモミジを見ながら

阿弥陀堂(本堂)に向かいます

私がお会いしたかったのは

「みかえり阿弥陀さま」

”永観おそし” と振り向いたお姿です

この「みかえり阿弥陀さま」は修行する中興の僧永観律師の前に阿弥陀如来が現れ、律師を
振り返った姿といわれます

阿弥陀さまは正面からではお顔が見えにくく、横の小さな扉が開いてお顔を見られます
この日阿弥陀堂には誰も参拝者がいなくてゆっくり対面出来て感動したひと時でした

こちらには紅葉の季節でない時も何度か訪れていますが、一度だけみかえり阿弥陀さまが
どこかの展示でお留守の時がありがっかりしたことがありました

 

阿弥陀堂から離れにくかったですが、しばらくして参拝の人が見えて阿弥陀堂を後にして
境内に出てみました

散りもみじの中にまだ赤や黄色の葉を残す木もあり、嬉しかった

 

阿弥陀堂

多宝塔  上部は円形、下部は方形の二重塔

こんなに鮮やかな赤い葉も残っていました

宝生池の周りを一回りしました、例年11月下旬ごろからこの境内は人で埋まっています

久しぶりの永観堂でなんだか名残惜しい感じがしました、出口近くの売店の方と話をしたら
三鈷の松の葉で作ったお守りをいただきました

紅葉が遅かったとはいえ12月も半ばで少し諦めていましたが、こんなに美しい紅葉が楽しめて
嬉しかった、振り向いた時また来たいと思いました

散りもみじをこんなに美しいと感じたのは今回の旅行が初めてでした。

今まで紅葉のピーク時を選んで出かけていましたし、自由に日程も
決められました。
早くそんな日常に戻れることを改めて願いました。

 

 

永観堂を出るとお昼の時間を過ぎていることに気が付き、門のすぐ前のお店に寄りました

 

にしんそばも魅力でしたが、モミジそばを見つけて注文しました、紅葉したモミジはお麩で
湯葉と野菜たっぷりの美味しいおそばでしたが、この時まだ少し気持ちが興奮気味で、
よく覚えてなくて写真を見て思い出したのです。

 

この日も強行軍でこの後まだ数か所のお寺さんに寄りました。

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「曼殊院門跡」

 

坂道を歩き、この先にお寺さんがあったかしらなどとちょっと心配になりましたが、
15分ほどで曼殊院の勅使門に着きました、入場はその先北通用門でした

 

曼殊院は門跡寺院です

延暦年間(778-806)、宗祖伝教大師最澄により、鎮護国家の道場として比叡の地に創建
されたのが曼殊院の始まりだそうです

曼殊院枯山水庭園は2つの書院の南側に広がっていますが、いちばん目を引くのが庭園中央に
位置する亀島です。亀島の中央には樹齢400年の五葉松が植えられており、その根元には
曼殊院型燈籠と呼ばれるキリシタン燈籠が設置されています

大書院前には遠州好みの枯山水庭園が広がっています

 

水の流れをあらわした砂の中に鶴島と亀島を配しています

 

大書院の周辺には霧島ツツジが植えられていて季節になると美しい花が見られます

 

建物内はほとんどの場所が撮影禁止ですから庭を撮ることになります

 

 

このお寺さんには幽霊の掛け軸があり、撮影すると不幸が降りりかかると言われています。
いつも怖いもの見たさに見てきます、いろいろいわれがあるようですが、広い書院の中で
今回は見物人も少なくちょっと立ち止まっただけで通り過ぎました。

 

ずいぶん前ですが曼殊院の弁天堂のあたりにお蕎麦屋さんがあり、お昼時は込み合っていたので
見物する前に予約をしてから帰りに立ち寄ったのを覚えています。
今回弁天池のあたりを見たのですが、お店らしきものがありましたが、営業しているかわからず
あまりに寂しい景色だったので通り過ぎてしまいました。
20年以上も前のことですから変わりますね。

 

今回の京都の旅は久しぶりですが、こんな時期なのであえて人の多い中心地から離れた
お寺さんの散策にしようと思いこの日は大好きな一乗寺辺りを選びました。
選んだ場所は良かったのですが、この時廻った詩仙堂、圓光寺、そして曼殊院ではほとんど
人に会わなくて寂しいくらいでした、やはりほどほどに見物の人がいたほうがいいですね。

 

 

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「瑞巌山 圓光寺」 

次の目的地には詩仙堂から徒歩3分ほどで着きました

初めて訪れた時は紅葉の美しさに驚きました

こちらは初めて見ます、そのはずです平成の枯山水である奔龍庭でした、渦を巻き様々な
流れをみせる白砂を雲龍に見立て、天空を自在に奔る龍を石組みであらわしているそうです

今回は12月も半ばになってしまい、一面敷紅葉でしたがこれも美しかった

臨済宗南禅寺派の尼寺です

1601(慶長6)年 徳川家康が学校として建てたお寺さんです

紅葉の名所は「十牛之庭」中門をくぐります

なんと素敵な水琴窟、縁が広い盃型の手水鉢はあまり例がなく、古くから「圓光寺型」として
多くの趣味人に愛されてきたそうです

緑の絨毯が真っ赤に染まっています、こちらでこの光景は初めて見ます

それでも少し残っている赤い葉が鐘楼に映えます

竹とのコントラストも素敵ですが竹林の道は一人では寂しかったです

不思議な所に万両の木を見かけました

真っ赤な木の下はこんなに美しい緑なんです

全く人影はなし、ここにいた間、誰にも出会いませんでした

寂しいぐらい独り占めの紅葉見物になりました

また静かな道を歩きます

一乗寺最後の目的地「曼殊院」に行くのに坂道が続きます、15分ほど歩けば着きますが、
その間車2台ほどに出会っただけで、久しぶりの道で少し心細い感じでした。

 

何度も通った道ですが、こんなに人に出会わなかったのは初めての気がします。

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京都洛北 一乗寺「詩仙堂 丈山寺」

京都駅から一乗寺下り松町までは市バスで50分近くかかります。
バス停から徒歩6~7分坂道を行くと小さな門があります、一乗寺の最初の目的地はこちらです。

「詩仙堂」です入り口の小さな門「小有洞」から石段を登ったところに中門「老梅関」
そこをくぐると詩仙堂の書院があります

ししおどしの響く情緒あふれる唐様庭園がひろがる書院です、サツキの丸い刈込の奥に紅葉が
見られるのですが、ほとんど散ってしまったようです

庭に出ることができます

江戸時代の文人・石川丈山が隠居所とするため自ら手掛けた山荘です、狩野探幽の描いた
中国三十六歌仙像を掲げることからこの名が付きました

深山のような庭園です

現在は曹洞宗大本山永平寺の末寺だそうで、ご本尊は馬郎婦観音(めろうふかんのん)です

1986年5月9日、英国王室チャールズ皇太子と故ダイアナ妃が来日された折、京都へ
お越しになった際にこちらに立ち寄られたそうです

こちらの庭園でもこの時の見学者は私一人でした

散りもみじが寂しげでした

庭園から見た書院も趣があります、いつもはここで庭を眺める多くの人が見られるのですが
この日は寂しいくらいでした。

 

 

大好きな詩仙堂の前の道を左折して住宅地の道を行きます。

次の目的地はここから数分です、詩仙堂を訪れた時は必ずこの道を行きます。

 

(12月15日)

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四条河原町辺り

東寺、西本願寺、東本願寺、渉成園から京都駅に戻ると人が多く、ウロウロしているのが
気になり、お店に入ってのランチを諦めて、伊勢丹の地下で見つけたずいぶん昔に行った
ことのある「六盛」の手おけ弁当風を見かけて懐かしくなり買いました。

 

お寺さん巡りを続けようと思ったのですが、この日はだいぶ歩いて
少し疲れ四条河原町で用事を済ませて、近くの錦天満宮に立ち寄りました

新京極は河原町通ほどではないけど結構な人出にお参りだけ済ませました

 

買い物の途中でちょっと立ち寄れる天満宮です

 

新京極あたりまで来るとやっぱり錦市場に寄りたくなり様子を見たら
午後4時を過ぎていたので河原町通りから比べると人出も少なく
通り抜けることにしました、それでも懐かしくて何軒かのお店に
ちょっと立ち寄り少しだけ買い物をしました。

この日は1日が長かった、京都の1日目で張り切りすぎて
2万5千歩以上も歩いてしまいさすがに少し疲れました。
ホテルに戻り翌日のコースなど決めて早めに休みました。

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「東本願寺」と「渉成園」

西本願寺から徒歩15分ほどで東本願寺に着きました。

 

長い塀のある道を通り、菊の御門前を通って

烏丸通を行くと京都タワーが見えました、意外に京都駅から近いのです

東本願寺の東側、烏丸通に面したお堀沿いの芝生に「法語行灯」が
並びます

親しみやすい法語などが提示されていて読みながら歩くと

御影堂門の前に出ました

御影堂  浄土真宗「真宗大谷派」の本山で「真宗本廟」といい、御影堂には宗祖・親鸞聖人
の御真影を、阿弥陀堂にはご本尊の阿弥陀如来を安置してます、見物させていただきました

御影堂門 わが国最大級の二重門です。

 

 

京都にはよく出かけていましたが、東本願寺の飛び地境内であるこちら「渉成園」は
訪れたことはなく今回楽しみにしていました

東本願寺から少し離れていますが、向かい合った位置にあります

山門に当たる位置に建てられている「傍花閣」楼門作りで、左右側面に山廊と呼ばれる階段の
入り口があり、階上には四畳半の部屋を設けいるそうです、個性的な感じの建物でした

紅葉の美しい渓谷を模した印月池のほとりです

出かけた時は残念ながら印月池は改装中で池の水が抜かれていて、侵雪橋はこんな状態でした

回廊の周りは特に紅葉が美しかった

紅葉がひときは美しく見えました

碧玉の石燈篭という名前だそうです

侵雪橋  木造の反橋を渡ってみました  工事中の向こう側は見物しませんでした

「傍花閣」は横から眺めても個性的な建物です(1892 明治25年再建)傍らに桜並木が広がり
春にはその名にふさわしい佇まいを見ることができるそうです

帰りがけに数人の見物の人と出会いましたが、独り占めの渉成園散策でした。

 

 

朝7時半ごろ八条口のホテルを出て、東寺、西本願寺、東本願寺、渉成園を散策して
疲れてホテルに戻り一休みしようと京都駅に向かいました。

 

(12月14日)

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浄土真宗本願寺派「西本願寺」

東寺から京都駅近くの鉄道の下を通り,梅小路公園の横を通り堀川通りまで
20分ほど歩きました

 

予定していた道の少し手前から西本願寺に抜けられると知り
西本願寺脇の小道に出たら美しい築地塀の初めて通る道でした

堀川通り沿いの御影堂門の前に出ました、「西本願寺」は懐かしい場所なんです

浄土真宗本願寺派本山  親鸞聖人の廟堂が東山に創建されたのが始まりで、親しみを込めて
”お西さん” と呼ばれています

歩くとキュキュと鳴る廊下、こちら西本願寺には思い出があります、中、高校が浄土真宗
西本願寺系の女子高で(東京)6年間「浄土真宗」の授業があったり、朝の礼拝でお経を
読んでいましたから「南無阿弥陀仏」の「六字の名号」は親しみがあります

それで高3の修学旅行で訪れた時、こちらの広間に正座してお説教があったのです、今でこそ
お寺さんを廻るのが趣味なんて言っていますが、当時は”旅行に来てまで”なんて思いました
阿弥陀堂から見た阿弥陀門

大人になり気が付くとお寺さん巡りを楽しみ、親鸞聖人の誕生寺や一時念仏停止を命ぜられ
流刑されたことのある新潟県直江津にも出かけてゆかりのお寺さんを廻ったりしました

そしてずいぶん昔ですが、同じ直江津の親鸞聖人の奥さん「ゑしん尼の里」まで廻ったことも
ありました(当時親鸞聖人は師匠であった法然上人の許しもあり妻帯していました)

静かな御影堂や阿弥陀堂を廻っていると懐かしい気持ちになりました

国宝の建物「阿弥陀堂」

大銀杏 (天然記念物)

根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢400年の大銀杏は、京都市の
天然記念物に指定されています。本願寺に火災があったとき、この銀杏の木から水が噴き出して
消し止めたという伝説から「水吹き銀杏」とも呼ばれているそうです。以前はもっと大きい
木だった気がしました。

 

あとで「飛雲閣」や「唐門」を見物しなかったのは残念と思いました。

 

ここから次の目的地「東本願寺」に向かいます。

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京都の旅「東寺 (教王護国寺)」

神戸で友人とランチや散策を楽しんでから、京都に向かい翌日から久しぶりに大好きな
京都散策をゆっくり楽しみました。

 

ホテルが八条口だったので、まずは東寺に行くことにして朝ホテルから歩きましたが、かなりの
距離がありました、いつもはバスを利用していましたから、南大門から入るのは初めてでした

 

平安京遷都の際に国家を鎮護する官寺として創建、のちの弘法大師空海に授けられ、真言密教の
根本道場となる、こちらは本尊薬師如来坐像を安置する金堂

講堂の立体曼荼羅が拝観できるのは8時からで先に境内を少し散策してから待望の講堂に入り
拝観出来ました、立体曼荼羅は仏像を利用して曼荼羅を立体的に表現するというもので、
如来像5体、菩薩像5体。明王像5体、天部2体。四天王像4体の計21体によって表現され、
その目的は弘法大師空海の真言密教思想を可視化することであったとされています。
各像の配置は弘法大師の案であり、他に例を見ない配置となっているそうです。

 

東寺の境内を通り駅に向かうのでしょうか多くの人の通勤風景も見られました

静かな境内でした

七福神毘沙門天のお堂のようです、東寺境内にあるのは今回初めて知りました

食堂

10月中頃からの紅葉まつりは前日12月13日まででした

五重塔の1層特別拝観も前日まで、でも以前JR東海の京都クラブに
入会していたころ東寺を訪れ特別に1層を拝観したこともありました

紅葉の見ごろは過ぎていましたが、まだこんなに赤い葉が残っている木も見られました

桜の季節もいいですが、この景色は映えます

東大門  建武3年(1336)6月30日、新田義貞が決死の覚悟で東寺の足利尊氏を攻め
危機に陥った尊氏は門を閉めて危うく難を逃れることができた故事により「不開門」(あかずの
もん)とも呼ばれています

東寺の「弘法さん」弘法大師空海の命日にあたる21日で毎月開かれる市、京都で最大の縁日で、
食品、骨董品、雑貨など1000を超える店がずらりと並び、すごい人出だったと思い出しました。

 

帰りは京都駅に一番近いいつも通った慶賀門から出ました、東寺の正門である南大門より
人通りが多いような門です。

 

この門を出て京都駅を過ぎこの日は徒歩を予定した散策コース西本願寺方面に向かいました。

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神戸でのひと時

神戸で久しぶりに友人に会うために羽田からスカイマークで向かいました。

 

神戸に住む友人と待ち合わせたのは三宮なのでポートライナーに乗りました

三ノ宮駅では約束の時間に会えて、友人の案内でランチを楽しむお店に向かいましたが、
ここは見覚えのある中華街、でも案内されたのは左側のお店のすぐ手前のグリルでした

彼女が行きつけのお店でした

11時半を回ったお昼時で、ランチコースを注文、まずスープとサラダ

メインはビーフシチュー、ほろっと崩れるほど柔らかく煮込まれた美味しいお肉でした。

 

久しぶりの再会で話は尽きず、店内では話しにくい時期でしたから早めにお店を出ました。

 

神戸中心地から近くの「湊川神社」に行きましたが、おしゃべりに夢中でよく覚えていません

久しぶりに会った友人は12歳で女子中高の入学試験の日、受験番号が近くて試験1日目の
最後に残り顔見知りになり、4クラスある同じクラスになったのですが、その後テニスに
夢中になった私と比べて彼女は文系でしたから、在学中は少し離れた時期もありました

卒業後に付き合いもあり、ウエディングドレスの手作りを手伝ったもらったりしたのですが
ご主人の仕事の都合で神戸に引っ越してからは会う機会も減りましたが、とても懐かしい
友人なんです、今回は本当に久しぶりでしたから楽しみでした。

 

次に向かった「相楽園」は明治末期に完成、昭和16年以降神戸市の所有になった庭園でした

中国の古書の一節にある「和悦相楽(わしてよろこびあいたのしむ)からとって「相楽園」と
名付けられ一般に公開されるようになったそうです

日本庭園の入り口には真っ赤に染まったモミジが見えました

12月半ばでしたから赤く染まったモミジが残っているのは嬉しかった、
そして散りモミジの赤も素敵でした

池泉回遊式日本庭園です

石橋を渡ったり、深山幽谷の風景を見ることができます

江戸時代、姫路藩主が河川での遊覧に使っていた「川御座船」の屋形部分だけが陸揚げされた
ものだそうですが、ここから見ると建物のように見えました

ここから見るとよくわかりました、華麗で繊細な作りの美しい川御座船です

小さな流れや滝などもあり風情のある庭園でした。

 

この庭園でゆっくり過ごして、三宮のコーヒーショップでおしゃべりの
続きを楽しみ時間が過ぎるのが早かったこと、6時ごろ私は京都に
向かうため友人と再会を約束して別れました。

思い出に残る神戸でした。

 

昨年12月13日、ずいぶん前から決めていた京都旅行に迷いながら出発、
神戸に住む友人に連絡したら会えることになり、コロナ禍のこともあり
事前に有馬温泉方面に向かう神戸市北区に住む友人に会っていいものか
迷い彼女にも確かめました、そして会えることになりました。

 

(12月13日)