しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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四条河原町辺り

東寺、西本願寺、東本願寺、渉成園から京都駅に戻ると人が多く、ウロウロしているのが
気になり、お店に入ってのランチを諦めて、伊勢丹の地下で見つけたずいぶん昔に行った
ことのある「六盛」の手おけ弁当風を見かけて懐かしくなり買いました。

 

お寺さん巡りを続けようと思ったのですが、この日はだいぶ歩いて
少し疲れ四条河原町で用事を済ませて、近くの錦天満宮に立ち寄りました

新京極は河原町通ほどではないけど結構な人出にお参りだけ済ませました

 

買い物の途中でちょっと立ち寄れる天満宮です

 

新京極あたりまで来るとやっぱり錦市場に寄りたくなり様子を見たら
午後4時を過ぎていたので河原町通りから比べると人出も少なく
通り抜けることにしました、それでも懐かしくて何軒かのお店に
ちょっと立ち寄り少しだけ買い物をしました。

この日は1日が長かった、京都の1日目で張り切りすぎて
2万5千歩以上も歩いてしまいさすがに少し疲れました。
ホテルに戻り翌日のコースなど決めて早めに休みました。

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「東本願寺」と「渉成園」

西本願寺から徒歩15分ほどで東本願寺に着きました。

 

長い塀のある道を通り、菊の御門前を通って

烏丸通を行くと京都タワーが見えました、意外に京都駅から近いのです

東本願寺の東側、烏丸通に面したお堀沿いの芝生に「法語行灯」が
並びます

親しみやすい法語などが提示されていて読みながら歩くと

御影堂門の前に出ました

御影堂  浄土真宗「真宗大谷派」の本山で「真宗本廟」といい、御影堂には宗祖・親鸞聖人
の御真影を、阿弥陀堂にはご本尊の阿弥陀如来を安置してます、見物させていただきました

御影堂門 わが国最大級の二重門です。

 

 

京都にはよく出かけていましたが、東本願寺の飛び地境内であるこちら「渉成園」は
訪れたことはなく今回楽しみにしていました

東本願寺から少し離れていますが、向かい合った位置にあります

山門に当たる位置に建てられている「傍花閣」楼門作りで、左右側面に山廊と呼ばれる階段の
入り口があり、階上には四畳半の部屋を設けいるそうです、個性的な感じの建物でした

紅葉の美しい渓谷を模した印月池のほとりです

出かけた時は残念ながら印月池は改装中で池の水が抜かれていて、侵雪橋はこんな状態でした

回廊の周りは特に紅葉が美しかった

紅葉がひときは美しく見えました

碧玉の石燈篭という名前だそうです

侵雪橋  木造の反橋を渡ってみました  工事中の向こう側は見物しませんでした

「傍花閣」は横から眺めても個性的な建物です(1892 明治25年再建)傍らに桜並木が広がり
春にはその名にふさわしい佇まいを見ることができるそうです

帰りがけに数人の見物の人と出会いましたが、独り占めの渉成園散策でした。

 

 

朝7時半ごろ八条口のホテルを出て、東寺、西本願寺、東本願寺、渉成園を散策して
疲れてホテルに戻り一休みしようと京都駅に向かいました。

 

(12月14日)

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浄土真宗本願寺派「西本願寺」

東寺から京都駅近くの鉄道の下を通り,梅小路公園の横を通り堀川通りまで
20分ほど歩きました

 

予定していた道の少し手前から西本願寺に抜けられると知り
西本願寺脇の小道に出たら美しい築地塀の初めて通る道でした

堀川通り沿いの御影堂門の前に出ました、「西本願寺」は懐かしい場所なんです

浄土真宗本願寺派本山  親鸞聖人の廟堂が東山に創建されたのが始まりで、親しみを込めて
”お西さん” と呼ばれています

歩くとキュキュと鳴る廊下、こちら西本願寺には思い出があります、中、高校が浄土真宗
西本願寺系の女子高で(東京)6年間「浄土真宗」の授業があったり、朝の礼拝でお経を
読んでいましたから「南無阿弥陀仏」の「六字の名号」は親しみがあります

それで高3の修学旅行で訪れた時、こちらの広間に正座してお説教があったのです、今でこそ
お寺さんを廻るのが趣味なんて言っていますが、当時は”旅行に来てまで”なんて思いました
阿弥陀堂から見た阿弥陀門

大人になり気が付くとお寺さん巡りを楽しみ、親鸞聖人の誕生寺や一時念仏停止を命ぜられ
流刑されたことのある新潟県直江津にも出かけてゆかりのお寺さんを廻ったりしました

そしてずいぶん昔ですが、同じ直江津の親鸞聖人の奥さん「ゑしん尼の里」まで廻ったことも
ありました(当時親鸞聖人は師匠であった法然上人の許しもあり妻帯していました)

静かな御影堂や阿弥陀堂を廻っていると懐かしい気持ちになりました

国宝の建物「阿弥陀堂」

大銀杏 (天然記念物)

根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢400年の大銀杏は、京都市の
天然記念物に指定されています。本願寺に火災があったとき、この銀杏の木から水が噴き出して
消し止めたという伝説から「水吹き銀杏」とも呼ばれているそうです。以前はもっと大きい
木だった気がしました。

 

あとで「飛雲閣」や「唐門」を見物しなかったのは残念と思いました。

 

ここから次の目的地「東本願寺」に向かいます。

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京都の旅「東寺 (教王護国寺)」

神戸で友人とランチや散策を楽しんでから、京都に向かい翌日から久しぶりに大好きな
京都散策をゆっくり楽しみました。

 

ホテルが八条口だったので、まずは東寺に行くことにして朝ホテルから歩きましたが、かなりの
距離がありました、いつもはバスを利用していましたから、南大門から入るのは初めてでした

 

平安京遷都の際に国家を鎮護する官寺として創建、のちの弘法大師空海に授けられ、真言密教の
根本道場となる、こちらは本尊薬師如来坐像を安置する金堂

講堂の立体曼荼羅が拝観できるのは8時からで先に境内を少し散策してから待望の講堂に入り
拝観出来ました、立体曼荼羅は仏像を利用して曼荼羅を立体的に表現するというもので、
如来像5体、菩薩像5体。明王像5体、天部2体。四天王像4体の計21体によって表現され、
その目的は弘法大師空海の真言密教思想を可視化することであったとされています。
各像の配置は弘法大師の案であり、他に例を見ない配置となっているそうです。

 

東寺の境内を通り駅に向かうのでしょうか多くの人の通勤風景も見られました

静かな境内でした

七福神毘沙門天のお堂のようです、東寺境内にあるのは今回初めて知りました

食堂

10月中頃からの紅葉まつりは前日12月13日まででした

五重塔の1層特別拝観も前日まで、でも以前JR東海の京都クラブに
入会していたころ東寺を訪れ特別に1層を拝観したこともありました

紅葉の見ごろは過ぎていましたが、まだこんなに赤い葉が残っている木も見られました

桜の季節もいいですが、この景色は映えます

東大門  建武3年(1336)6月30日、新田義貞が決死の覚悟で東寺の足利尊氏を攻め
危機に陥った尊氏は門を閉めて危うく難を逃れることができた故事により「不開門」(あかずの
もん)とも呼ばれています

東寺の「弘法さん」弘法大師空海の命日にあたる21日で毎月開かれる市、京都で最大の縁日で、
食品、骨董品、雑貨など1000を超える店がずらりと並び、すごい人出だったと思い出しました。

 

帰りは京都駅に一番近いいつも通った慶賀門から出ました、東寺の正門である南大門より
人通りが多いような門です。

 

この門を出て京都駅を過ぎこの日は徒歩を予定した散策コース西本願寺方面に向かいました。

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神戸でのひと時

神戸で久しぶりに友人に会うために羽田からスカイマークで向かいました。

 

神戸に住む友人と待ち合わせたのは三宮なのでポートライナーに乗りました

三ノ宮駅では約束の時間に会えて、友人の案内でランチを楽しむお店に向かいましたが、
ここは見覚えのある中華街、でも案内されたのは左側のお店のすぐ手前のグリルでした

彼女が行きつけのお店でした

11時半を回ったお昼時で、ランチコースを注文、まずスープとサラダ

メインはビーフシチュー、ほろっと崩れるほど柔らかく煮込まれた美味しいお肉でした。

 

久しぶりの再会で話は尽きず、店内では話しにくい時期でしたから早めにお店を出ました。

 

神戸中心地から近くの「湊川神社」に行きましたが、おしゃべりに夢中でよく覚えていません

久しぶりに会った友人は12歳で女子中高の入学試験の日、受験番号が近くて試験1日目の
最後に残り顔見知りになり、4クラスある同じクラスになったのですが、その後テニスに
夢中になった私と比べて彼女は文系でしたから、在学中は少し離れた時期もありました

卒業後に付き合いもあり、ウエディングドレスの手作りを手伝ったもらったりしたのですが
ご主人の仕事の都合で神戸に引っ越してからは会う機会も減りましたが、とても懐かしい
友人なんです、今回は本当に久しぶりでしたから楽しみでした。

 

次に向かった「相楽園」は明治末期に完成、昭和16年以降神戸市の所有になった庭園でした

中国の古書の一節にある「和悦相楽(わしてよろこびあいたのしむ)からとって「相楽園」と
名付けられ一般に公開されるようになったそうです

日本庭園の入り口には真っ赤に染まったモミジが見えました

12月半ばでしたから赤く染まったモミジが残っているのは嬉しかった、
そして散りモミジの赤も素敵でした

池泉回遊式日本庭園です

石橋を渡ったり、深山幽谷の風景を見ることができます

江戸時代、姫路藩主が河川での遊覧に使っていた「川御座船」の屋形部分だけが陸揚げされた
ものだそうですが、ここから見ると建物のように見えました

ここから見るとよくわかりました、華麗で繊細な作りの美しい川御座船です

小さな流れや滝などもあり風情のある庭園でした。

 

この庭園でゆっくり過ごして、三宮のコーヒーショップでおしゃべりの
続きを楽しみ時間が過ぎるのが早かったこと、6時ごろ私は京都に
向かうため友人と再会を約束して別れました。

思い出に残る神戸でした。

 

昨年12月13日、ずいぶん前から決めていた京都旅行に迷いながら出発、
神戸に住む友人に連絡したら会えることになり、コロナ禍のこともあり
事前に有馬温泉方面に向かう神戸市北区に住む友人に会っていいものか
迷い彼女にも確かめました、そして会えることになりました。

 

(12月13日)

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サザエさん通り~「西南学院大学」

紅葉神社の次にどこに向かっているのか聞かずについて行くと思いがけないところに出ました。

 

サザエさんって東京ではないの?

町子先生とサザエさん

長谷川町子さんと「西南学院」サザエさんの原作者長谷川町子さんは
1944年~46年(昭和19年~21年)にかけて福岡市(現在の早良区西町)
に住んでいました。自叙伝風に描かれた漫画「サザエさんうちあけ話」
には、終戦後、長谷川町子さんが進駐軍を西南学院中学部の先生宅に
案内する場面が描かれています、町子さんが当時住んでいた家の道を
挟んだ向かいが西南学院の中学部だったことからこのようなエピソード
が生まれたのでしょうと書かれていました

そこからすぐ近くの西南学院大学にも立ち寄りました

博物館で開催中の絵を描くという生き方「黒木重雄」展を見せていただきました

幾何学模様が好きだからでしょうか印象に残った1枚、「集合住宅」左端の下段のベランダ
水玉模様好きの家族、奥さんが今まさにバスタオルを干すところだそうです

アメリカのアース付き3穴コンセントが顔に見えるというユーモラスかつナンセンスな絵
という解説がありました

博物館内部の素敵な部屋

作者黒木重雄氏は西南学院大学、人間科学部、児童教育学科教授でした

絵はこの場所に飾られていました

2階からの眺めも素敵です、館内にいた時誰にも会わなかったのです

思いがけない作品を見せてもらいました、博物館はこんな素敵な建物です

 

サザエさん通りは西新駅近くから福岡タワーあたりまでかなりの距離でしたが、この日は
東京に戻る日で、立ち寄ったのはこのあたりだけ、この後ホテルに預けた荷物を取り
空港に向かいました。

 

サザエさん通り福岡タワーのある海浜公園まで続いているようでした。

 

コロナ禍の最中に GO to トラベルとはいえ、旅行をしてよいものか迷い、胃が痛くなる思い
でしたが、空港からレンタカーで糸島、唐津、天草に行きましたが、人との接触はなるべく
避けて、一人で立ち寄った太宰府天満宮も思ったより人出は少なくほっとしました。
市内散策も東京に比べたら博多あたりは別として(博多はほとんど通過)それでも人との
かかわりや蜜を避けての旅になりました。

 

(12月3日)

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「筥崎宮」

中心地は人も多く少し避けてこの日は地下鉄で福岡市内を散策しました、最初の下車は
箱崎宮前

「はこ」の字が「箱」でなく「筥」ですね、所在地、駅名などは箱崎と表記されいます
「筥埼宮」に対して恐れ多いと「箱崎」と表記するそうです

立派な鳥居です

「筥崎宮」は「宇佐」「石清水」両八幡宮とともに日本三大八幡宮といわれています
こちらは一の鳥居です

手水舎もコロナ対応でしょう、手や口を漱ぐ柄杓がありません

鎌倉中期、蒙古襲来の折、俗にいう神風が吹き未曽有の国難に打ち勝ったことから
厄除け、勝運の神としても有名なのだそうです。 本殿と拝殿はこの楼門の奥のようでした
楼門に「敵国降伏」の扁額を掲げていることから伏敵門とも呼ばれているそうです

戻る時あらためて見ると、広い参道が真っすぐ伸びていて気持ちの良い眺めでした

 

この日は夜東京に帰るのでちょっと飛行機の音が気になったのでしょうか。

市内散策次の目的地は?

息子夫婦に連れて行ってもらう旅でどこに行くのか詳しくは知らずに歩き、帰宅してから
写真を見ていろい調べました,やはりもう少し自分で調べておけばとちょっと反省しました。

 

(12月3日)

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博多 「櫛田神社」

太宰府から博多駅に到着しても目的地への乗り物もわからず
観光案内所で地図を入手、バス乗り場を教えてもらい着いたのが
こちら「櫛田神社」でした。

バスを降りて少しうろうろしてたどり着いたのは正門横の門

こちらに立派な総門がありました

総門の額「威稜」は「いつ」と読み、天皇の御威光という意味のようです

干支恵方版  楼門の天井に吊り下げられていて、毎年大晦日に新しい年の恵方を示すように
矢印が回転されるのだとか、自然に動いてしまったかしら、、、

博多の総鎮守「櫛田神社」です

博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれているのだそうです

さすが立派な神社です

霊泉鶴の井戸

山笠が飾られていました、7月の山笠に毎年取り換えられるようです
祇園山笠の櫛田入りはクライマックスなのだそうです

樹齢千年と言われる「櫛田のぎなん」は長寿延命のシンボルのご神木で、博多の祝い唄に
「さても見事な博多のぎなん」と歌われていると書かれてありました

バスを降りてちょっと迷い通り過ぎたアーケード入り口近くのこちらも入り口でした。

博多の総鎮守「櫛田神社」は由緒あるちょっと華やかな感じの神社でした。

 

この日午後からは一人別行動で、ホテルに向かうときも道を間違えてちょっと心細い思いを
しました、知らない土地で一人行動は久しぶりでちょっと戸惑いました。
しっかり自分で調べておかないとと感じた午後でした。

 

(12月2日)

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太宰府天満宮

福岡に戻り、太宰府天満宮の近くで私だけ車を降りて太宰府天満宮に立ち寄りました

亀戸天満宮でもおなじみです

15年ぶりぐらい前でしょうか、一人で旅行した時に当時福岡に赴任していた学生時代の
同級生が案内してくれて出かけて以来です

良く出かける亀戸天満宮に似ているところがありますが、規模が違います

赤い橋の上から見えた紅葉がきれいでした

楼門はさすがに立派です、前回訪れたのに全く覚えてなかったです

太宰府天満宮は菅原道真公の墓所の上に社殿を造営している神社です

道真公は京都に生まれ学者、政治家、文人として活躍され、無実ながら政略により京都から
太宰府に流され生涯を終えましたがその後無実が証明され「天神さま」と崇められるように

墓所でもある太宰府天満宮は全国に1200社ある天神さまをお祀りする神社の総本宮です

この日も晴天に恵まれ紅葉が青空に映えて美しかったです

見頃でした

絵馬が整然と並ぶ光景も同じですね

壮大な広さの境内を少しだけ散策しました

天神さまに梅の花は亀戸天満宮も同じです

12月になったとは思えないような景色でした

緑も豊かな太宰府天満宮でした

お昼に参道のお店でおそばをいただき、名物焼きたての梅が枝餅もいただきました。

 

大きい鳥居をくぐると太宰府駅はすぐ近くでした

途中で乗り換えて、博多に向かいましたが、久しぶりの知らない土地での一人での行動は
少し心細かったです。

完全に一人旅ならしっかり下調べをして出かけるのですが、案の定博多駅で迷子状態でした。

 

 

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道の駅小栗館

福岡に戻る途中、福岡県との県境近くの道の駅に立ち寄りました

こちらは花がたくさん飾られていました、花の販売もしています

朝でしたからまだち寄る人も少なかったようです

このスイカ大きいのにびっくり、この季節ですしね、ちなみに手前のはキズありでしたが
祭りばやしという品種で、2000円の値段がついていました

これは山椒でしょうか? 色がきれいだから違うかしら?

こちらは2011年ですが直売所甲子園で日本一になったようですね。
飲食店も併設していて、暖かい汁ものなどちょっと魅力でしたが、買い物のみでした。

 

今回福岡空港到着時からレンタカーで廻ったので、道の駅にはよく立ち寄りました。
道の駅で買った体によさそうな乾燥小魚、きびなごは苦みもなく美味しくて毎日食べてます。
なくなったら銀座の熊本館に行ってみようかと思うほどです。

熊本名物いきなり団子も本場で美味しく頂きました。

 

 

(12月2日)