しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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「京都の旅」帰り道

新幹線に乗る前に少し遅いランチをいただきました。

 

日本そばのランチが多かったので、この日はヘレカツにしました。

最終日は朝から「東福寺」と「泉涌寺」を廻り、おなかも空いていたので
カツを頂きました、ご飯が多そうに見えますが普通の量で、みそ汁付き。

ヘレはヒレのことですね、カウンター席でボードがあるお店だったので
かなり混んでいましたが美味しそうな匂いに誘われて入店しました。

 

15時ごろの新幹線でしたが、この日は寒かったので、岐阜羽島あたりで外はこんな光景に

 

名古屋に着くまでにスピードを落としていたので列車は少し遅れました

 

しばらく雪景色が見られました。

名古屋に着くころには雪は全く見えなくなり気温差を感じます。

ぼんやり車窓を眺めたりゆったり過ごせました、何といっても車内は空いていて、
空席の多い新幹線も初めてでした。

初日は神戸で友人とランチを楽しみ、夕方京都に移動して4泊5日の旅を楽しみました。
帰宅後2週間は身内や友人たちとも接触を避けて過ごし、新年を迎えた時は
やはりほっとしました。

今は非常事態宣言中ですから、ほとんど外出も避けています。
コロナ禍が終わってほしいと願うばかりです。

 

 

 

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御寺「泉涌寺」

東山三十六峯の一嶺、月輪時の麓にたたずむ「泉涌寺」

真言宗泉涌寺派の総本山、皇室との関連が深く「御寺」とも呼ばれます。

 

泉涌寺道を入るとすぐにある総門を入り、こんな坂道だったかしらとおもいつつ進みました

泉涌寺道を登ったところ、伽藍の最も高い位置に建つ大門は、東山の額を掲げて東山門とも
呼ばれ、簡素ながら堂々とした正門です

大門を入り、落葉がいっぱいの道「降り参道」をおります

 

正面に建つのが「仏殿」です、四代将軍徳川家綱によって再建された本堂です、本格的な
唐様建築(禅宗様式)の特長を完備した代表作として国の重要文化財となっています

拝観させていただきました、建物内部は天井まで組物がつらなる空間が美しく、高い須弥壇に
運慶作と伝わる阿弥陀・釈迦・弥鞠の三尊仏が安置されています

昔の浴室の建物 (外観のみ)

「舎利殿」  釈迦の歯(仏牙舎利)を奉安する貴重な霊殿で、慶長年間に京都御所の建物を
移築改装したものです

「霊明殿」 霊明殿とは歴代天皇の御尊位牌(お位牌)をお把りした場所の通称です

 

勅使門  皇族や天皇の勅使が寺を訪れた際に使われる門で、軒は菊の御門の瓦で飾られ、
蟇股には牡丹の彫刻のほか皇室の菩提寺にある勅使門にふさわしい風格のある優美な門です

本坊

この季節でもこんなにカラフルでした

帰りは大門に向かう坂の参道を登ります

 

楊貴妃観音堂  大門を入って左手奥の堂内、六波羅像の中央に安置される聖観音(楊柳観音)
南宋から請来した木像で、像容の美しさから玄宗皇帝が亡き楊貴妃の面影を写させて造像した
との伝承を生み、江戸時代初めごろから「楊貴妃観音」と呼ばれ信仰されています、多くの
女性から美人祈願の観音さまとして親しまれているそうです、もちろん私もお参りしました。

 

 

帰りは下りですから少し速足で泉涌寺道を行くと、散歩中の年配の男性に京都の町が眺められる
場所がありますと案内されたところには小さな祠があり、そのすぐ近くにこんなに開けた
場所がありました。

東山ですから、京都駅もそう遠くなく、左手奥に京都タワーも見えます

中央あたり山の奥にうっすら小さく三角に見える山が比叡山のようでした

足の運動のため毎日のように泉涌寺の坂道を歩いているそうで、同世代の方でした。
見える景色をいろいろ説明をしてくださり、帰りのバス通りまでの近道も教えてもらいました。

 

気が付いてみると今回の京都の旅で、予定を変えてどのバスに乗るかわからなかった時や、
乗り換えのバス停が全然違う所にあり、バス停にいた人に聞いてもわからなかった時に、
通りかかった年配の男性が声をかけてくれて全然違う場所にある停留所が見つかりました。

またバスの運転手さんに行く先のバス停のことを聞いた時も乗っていた年配の男性が近道を
教えてくださり早く着けました、そんなことも一人旅はよい思い出になり、ますます
京都好きになりました。

 

「泉涌寺」拝観で、今回の京都の旅は終わります。

長々とご覧いただきありがとうございました。

(2020年12月17日)

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臨済宗東福寺派大本山「東福寺」

東福寺は紅葉の名所ですが12月も半ばになっていたので、当然見ごろを過ぎていますから、
「散紅葉」でも楽しめたらと京都旅最終日は楽しみにしていた東福寺からにしました。

 

一番西にある臥雲橋から紅葉の庭と通天橋を眺めまたら赤い色が残っていました!

この日はかなり気温が下り寒い朝でした、ワクワクしながら日下門から境内に入ります
正面は本堂(仏殿兼法堂)

通天橋の奥が方丈です

人気の通天橋も人影は見当たりません、紅葉のピークには両側が真っ赤に染まります

この辺りはほとんどこんな光景、散紅葉で地面が見えないほどでした

 

通天橋からの眺めも残念でした、向こう側に見えるのがドキドキしながら通った地元の人たちも
利用する木造の臥雲橋です

でも冬の日差しに美しく映える木も残っていました

少しだけ通天橋の景色を楽しめました、紅葉シーズンが過ぎていましたからいつもの喧騒とは
無縁で、紅葉以外の季節でもこんな静かな通天橋は初めてです

日差しがあるだけよかった

やっぱり通天橋には紅葉が似合います

この小さな門が月下門でしょうか

赤い愛染堂と赤いモミジ

通天橋から去りがたく独り占めの景色をしばらく楽しみました

紅葉のピーク時を見ていますが、この景色も見られる期間が短いでしょうし、何と言っても
独り占めの庭園ですからゆっくり楽しみました

青空のもと、真っ赤な木を見上げて、”残っていてくれてありがとう”という気持ちでした

禅宗寺院における僧侶の住居を指す「方丈」を見せていただきました

方丈庭園  枯山水庭園の南庭

西方に「五山」になぞられた築山を置きその苔地と砂門とを区切る斜線の表現も効果的です

南正面の向唐破風は「恩賜門」と呼ばれ、明治期唐門の代表なのだそうです

ひと時「八相の庭」南庭を楽しみました

日差しがうれしいこちらも独り占めの見物でした

東庭 雲模様地割に円柱の石で北斗星を構成し、「北斗の庭」と呼ばれる、後方には天の川を
表した生垣が配され、夜空が足元に広がるかのような小宇宙を作りだしているそうです

西庭 さつきの刈込と砂地とを葛石で方形に区切り、大きく市松模様に図案化し、井の字に
等分した「井田市松」と呼ばれる庭です

北庭 苔の緑との市松模様、(この日は霜が降りて苔が見えなくなっていましたが)サツキの
丸刈りとの調和、秋にはか背景の紅葉と通天モミジ(黄金色のモミジ)とが織りなす色彩感
あふれる空間となります

通天橋はどの角度から見ても印象に残ります

かなり寒い朝でしたから、日差しも美しさのひとつと感じました

日が当たる側の庭園の苔は緑です

本堂「仏殿兼法堂」   そろって覗いているのは子供たち、   内部には入れませんが
覗くとご本尊と供に、龍の天井画が見えます、こちらも残念なことに
公開期間が過ぎていました

境内の最も南にある「三門」禅寺の三門としては日本最古で最大、国宝に指定されています

二階建ての構造で、普段は拝観できませんが毎年3月14日~16日の「涅槃会」(ねはんえ)の
時などに公開されます

三門の北側に立つ、存在感たっぷりな東福寺の「本堂」 ご本尊は釈迦如来坐像です。

1881年(明治14年)に仏殿と法堂が焼失した後1934年(昭和9年)に仏殿兼法堂として
再建された重層入母屋造の建物。
高さ25,5m、間口41,4mという大堂で、昭和の木造建築中最大だそうです。

 

3月14,15,16日の涅槃会には「大涅槃図」が御開帳されますが、京都三大涅槃図の一つ
「大涅槃図」は現在修復作業中で完了までに数年を要するそうです。
こちらも拝観させていただいたことがあり、印象に残る涅槃図でした、修復が完成したら
是非見せていただきたいと思いました。

 

久しぶりの東福寺拝観の喜びの余韻とともに今回の京都旅行最終目的地に向かいました。

 

(12月17日)

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旧御室御所・世界遺産「仁和寺」

仁和2年(886)に光孝天皇が勅願し、遺志を継いだ宇多天皇が2年後の完成。明治維新に
いたるまで門跡寺院としての時を刻んだ、皇室ゆかりの寺院。

 

仁王門の前に立つと広々した境内と中門が見えます

中門方面はあとで見学します

仁王門を入るとすぐ左手の表門から本坊を先に見せていただきます

大玄関から白書院に向かいます

勅使門前 白書院の南庭    この日も晴天に恵まれ12月の青空がきれいでした

右手に仁王門が見えます

北庭に向かいます

皇族や貴族とゆかりが深かったため「仁和寺御殿」といわれる御所風建築物が特徴です

北庭

五重塔が見える北庭

仁和寺の御室桜は有名です、襖絵は御室桜でしょうか

宸殿、黒書院、北庭など見せていただきまし

いよいよ中門を入ります

左手が有名な御室桜、八重咲で色も濃い目の美しい桜、ソメイヨシノより少し遅咲きだった
ように思います

右手には五重塔上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られない
姿が特徴、遅咲きの御室桜とのコントラストが見事なんです

正面は金堂です

鐘楼

京都では珍しい道路に面した「仁王門」(京都3大門のひとつ)より足を一歩踏み入れると
広大な境内には国宝の「金堂」をはじめ、多くの重要文化財があります。

こちらも見物の人は少なく、一人でゆっくり見物させていただきました。

 

連日慌ただしい見物が続き、この日の午後は、お土産を選んだり、少しゆっくり
お茶を飲んだり、午後のひと時を楽しみました。

 

(12月16日)

 

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「大雲山 龍安寺」

紅葉が美しく色を添える山門を入ります

室町幕府の有力者であった細川勝元が1450年に創建した禅寺です

京都府右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院

石段正面の建物は庫裡で、禅宗寺院建築の簡素にして重厚。特に木組みと白壁の調和が美しい

一面に白砂が敷き詰められた中に大小15の石が配置されている石庭 「虎の子渡しの庭」とも
呼ばれる方丈前庭園、作者や作庭年は不明ですが、禅の悟道を表す名庭として知られています

今では枯山水の庭園で世界的に知られていますが、ここまで有名になったきっかけは1975年に
エリザベス2世が龍安寺を公式訪問した際に石庭を称賛したのがきっかけだそうです。

こちらのつくばい(手水鉢)は水戸光圀が寄進したといわれます、水面に映す侘助(椿の花)
が趣を添えますが今回は見えませんでした

禅の格言である「吾、唯足るを知る」 満足する心を持つという言葉が刻まれています
禅の格言を謎解きに図案化された無言の悟道です

真っ赤な散りもみじと木に残るモミジが緑の間から見える美しい景色です

庫裡から方丈に続く廊下に漢学者の寺西乾山筆の屏風がありました

この時期ならではの庭園を散策しました

こちらのモミジは色とりどり

静かな庭園道です

透き通るような赤や黄色の葉が美しくて思わず ”きれい” といってしまいました

こちらでも紅葉を独り占めの感じでした

この広い庭園に寂しいくらい人の姿がありません

こちらの庭園散策でこんなに人に出会わないのは初めてでした

鏡容池を中心とした池泉回遊式庭園、かつてはオシドリが群れ遊んだことからオシドリの池と
呼ばれていたそうです、今は水面に龍安寺の山や木々を映しほっとするような景色です

静かな庭園の散策は心洗われる感じでした。

 

「大雲山 龍安寺」は世界文化遺産ですから見物の人も多いかもと少し気がかりでした、
これほど閑散としているとは思いませんでした。

こちらの前に金閣寺に立ち寄るか少し迷いましたが、この日最初の訪問を龍安寺にしまいた。

 

(12月16日)

 

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浄土宗総本山「知恩院」

 

 

壮大なスケールの大寺院、我が国現存の木造の門として最大級の三門です、元和7年(1621)
徳川2代将軍秀忠公の命を受け建立されました。

一般に寺院を称して「山門」と書くのに対し、知恩院は「三門」と書きます、これは「空門」
「夢相門」「無願門」という悟りに通ずる三つの解脱の境地を表す門(三解脱門)を
意味します

浄土宗の開祖・法然上人が草案を結んで布教の拠点とした地、その後豊臣秀吉や徳川家康の
庇護もあり、多数の堂宇が立ち並ぶ大寺院に、三門は国宝。
楼上内部は仏堂となっています、以前公開されたとき入ることができました

御影堂も国宝 元祖法然上人の御影を祀ることから、「御影堂」と呼ばれます
壮大な伽藍は、お念仏の根本道場です

 

 

寶佛殿

境内には拝観の人が数人でしたが、こちらの建物の所にだけ拝観の人を見かけました

経蔵 「重要文化財、内部非公」

ひとつ残念だったのは、知恩院の七不思議を見なかったことです、また次回の楽しみに
しましょう

夕日に美しく映える三門でした。 三門を見ていて思い出したのですが、右手女坂のわきに
普段は公開していない庭園があったように思いますが、案内を見たら「友禅園」とありました
こちらも見せて頂いたことがありました、いろいろ懐かしい思い出がある京都です。

 

この日は早めにホテルを出て洛北、一乗寺の詩仙堂から圓光寺、曼殊院、東山の永観堂
南禅寺、金地院から青蓮院そして知恩院と巡りました、久しぶりの京都とは言えあまりに
1日で歩きすぎましたが、天候にも恵まれて素敵な1日でした。

 

(12月15日)

 

 

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天台宗 「青蓮院門跡」

代々皇族が住職を務めた門跡寺院  青蓮院は粟田御所と呼ばれており、「青蓮院仮御所」
として国の史跡にも指定されているそうです

よく京都に通っていたころ夜のライトアップが美しかったのを覚えています

こちらから入れました

龍心池 花崗岩の切石二枚で作られた、半円形の反りの美しい石橋がかかります、中央には
二千貫に近い大石があり、あたかも沐浴する龍の背のようです

十文字手水鉢 渡り廊下に面して巨大な一文字の自然石の手水鉢がおかれている、これは
豊臣秀吉の寄進になる「一文字手水鉢」といわます、三月から四月にかけて、紅梅が美しく
咲き誇り、それが手水鉢の水面に映りこみ見事だそうです

本堂 (熾盛光堂 しじょうこうどう)宝形造の小堂

宸殿前の庭 ずっと前ですが、こちらの庭園のライトアップを見たことがありました、
経文でしたか芝生に文字が浮き上がって見えて幻想的な美しさでした。

華頂殿の庭

事務所前の掛け軸

京都に行くとこちらを訪れることが多かったように思います、静かな落ち着いた雰囲気が
好きでした、にぎやかな東山で拝観の人もそう多くはなく、いつも静かだったように思います。

 

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南禅寺塔頭「金地院」

 

南禅寺から数分のところにある「金地院」に立ち寄りました

金地院庭園を散策しました

家康の死後境内に作られた東照宮です

「鶴亀の庭」 特別名勝で、小堀遠州が作庭にあたった、木と石で鶴と亀が表現されています
右手が鶴、左手が亀のようです

金地院には6つの門があるようですがこの先の建物も門の一つでしょうか

この日建物内ではなにか行事があったのか声が聞こえていて、方丈に入りませんでした

寺宝もいろいろあるとあとで知りました、この日は庭園だけ見せていただき

金地院を後にしました

南禅寺道を出たところに、水運を担ったインクラインのあと、こちらは桜が名所でしたかしら

この後、岡崎道を行き黒谷の「金戒光明寺」と「真如堂」に向かうか迷いました

平安神宮の鳥居前まで迷いました、東山あたりは人が多いと思い避けていましたが、夕方近く
なり、人出も引いた時間かしらと訪れたいお寺さんが2カ寺ある東山方面に向かいました。

 

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大本山「南禅寺」

永観堂の前の道を行くと間もなく南禅寺北門に出ました

臨済宗南禅寺派の大本山 歌舞伎「楼門五三桐」で石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな、、」
の台詞で有名な三門です

法堂に向かう参道のモミジも少し残っていました

法堂 法式行事や公式の法要が行われる場所で、南禅寺の中心となる建物です

本坊 東山の緑を背にして立つ庫裏です

本坊の左手には唐破風の大玄関があります。この大玄関は特別な行事の時にのみ使用されます

龍虎の間

方丈庭園  江戸時代初期の代表的な枯山水庭園です俗に「虎の子渡し」と呼ばれ、
江戸初期以降に見られる樹木と石を一ヶ所にまとめた広い余白が楽しめる有数の名園です

品格のある大方丈の庭園は昭和26年に国指定の名勝となりました

六道庭園 「如心庭」が解脱した心の庭あるの対して、この「六道庭」は六道輪廻の戒めの
庭です。六道輪廻とは、天井・人間・修羅・畜生・飢餓・地獄の六つの世界を我々は生まれ
変わり続けるという仏教の世界観のことだそうです

回廊に囲まれた坪庭

「華厳庭」

「龍吟庭」 池は豢龍池(かんりゅういけ)

 

南禅寺といえばこの赤煉瓦のローマ水道橋に似た水道橋、「水路閣」です

疎水は琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路で南禅寺横を通っています

紅葉が映えるアーチ

このアーチも素敵です、撮影のスポットになっていました

途中にあったのは鐘楼でしょうか?

疎水の流れを見に上がりました

ずっと前ですがこの流れに沿って歩いたことがありました、たしか
蹴上に出たように思います、なんだか懐かしかった

桜もいいですが、紅葉も素敵です

アーチに見とれてこの日は南禅院に立ち寄るのを忘れました

三門にも入れたのでしょうか、気が付かなくて残念でした

絶景が見られたでしょうに

紅葉が美しかった

しばし見とれました

三門はやはり見ごたえがあります。

 

久しぶりの南禅寺はやっぱり素敵でした。

次の目的地に迷いながら南禅寺を後にしました。

 

 

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「禅林寺 永観堂」

一乗寺からの帰り道、少し予定を変えてバスを南禅寺道で下車、先に立ち寄ったのは
大好きな「永観堂」でした、昔から京都に行くと必ずのように立ち寄ったお寺さんです。

 

東山の裾野は近代の政財界の要人がこぞって別荘を構えた風光明媚は土地柄、モミジで名高い
永観堂があるのは、その奥座敷といったところ

浄土宗西山禅林寺派の総本山

約3000本ものモミジが境内を真っ赤に埋め尽くす、東山屈指の紅葉の名所で、
「モミジの永観堂」と親しまれています

何度となく訪れるのはもう一つ目的がありました、お会いしたい仏像があるのです

大玄関から入ります

禅林寺が大きく発展したのは永観律師の時代です、律師は境内に施療院を建てるなど、
恵まれない人々のために奔走、永観律師を慕う人々によって禅林寺はいつしか永観堂と
呼ばれるようになりました

唐門 天皇の使いが出入りするときに使われた勅使門、釈迦堂との間に盛砂が作られている、
勅使はこの盛砂を踏んで身を清めてから中に進んだそうです

阿弥陀堂に向かいます

お堂はかなり上です

 

「三鈷の松」の木の前を通り

臥龍廊を

上ります

美しく残っているモミジを見ながら

阿弥陀堂(本堂)に向かいます

私がお会いしたかったのは

「みかえり阿弥陀さま」

”永観おそし” と振り向いたお姿です

この「みかえり阿弥陀さま」は修行する中興の僧永観律師の前に阿弥陀如来が現れ、律師を
振り返った姿といわれます

阿弥陀さまは正面からではお顔が見えにくく、横の小さな扉が開いてお顔を見られます
この日阿弥陀堂には誰も参拝者がいなくてゆっくり対面出来て感動したひと時でした

こちらには紅葉の季節でない時も何度か訪れていますが、一度だけみかえり阿弥陀さまが
どこかの展示でお留守の時がありがっかりしたことがありました

 

阿弥陀堂から離れにくかったですが、しばらくして参拝の人が見えて阿弥陀堂を後にして
境内に出てみました

散りもみじの中にまだ赤や黄色の葉を残す木もあり、嬉しかった

 

阿弥陀堂

多宝塔  上部は円形、下部は方形の二重塔

こんなに鮮やかな赤い葉も残っていました

宝生池の周りを一回りしました、例年11月下旬ごろからこの境内は人で埋まっています

久しぶりの永観堂でなんだか名残惜しい感じがしました、出口近くの売店の方と話をしたら
三鈷の松の葉で作ったお守りをいただきました

紅葉が遅かったとはいえ12月も半ばで少し諦めていましたが、こんなに美しい紅葉が楽しめて
嬉しかった、振り向いた時また来たいと思いました

散りもみじをこんなに美しいと感じたのは今回の旅行が初めてでした。

今まで紅葉のピーク時を選んで出かけていましたし、自由に日程も
決められました。
早くそんな日常に戻れることを改めて願いました。

 

 

永観堂を出るとお昼の時間を過ぎていることに気が付き、門のすぐ前のお店に寄りました

 

にしんそばも魅力でしたが、モミジそばを見つけて注文しました、紅葉したモミジはお麩で
湯葉と野菜たっぷりの美味しいおそばでしたが、この時まだ少し気持ちが興奮気味で、
よく覚えてなくて写真を見て思い出したのです。

 

この日も強行軍でこの後まだ数か所のお寺さんに寄りました。