しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

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「好古園」

姫路城の入場のチケットを買うとき好古園のことを知りました。
それで好古園の入場券付きにしたのですが、場所は姫路城の中でなくお堀沿いに5,6分歩いた
ところで、9つの庭が集まる巨大庭園でした。

 

姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」は、姫路市政100周年の」平成4年(1992)に開園

 

江戸初期(1618)に武将・本田忠政が造営した西御屋敷や武家屋敷跡に9つの庭園を造りました

 

「お屋敷の庭」から入ると、12月12日でしたが庭園内の紅葉がまだきれいでした

池泉には紅葉の奥に何か所か滝がありました

ここは花の庭、門を通ったところもあったのですが、それぞれの庭の
名前もわからずに通り過ぎてしまったようです

茶の庭、夏木の庭、松の庭、花の庭、築山池泉の庭など巡りました、素敵な庭でした。

 

好古園を出ると姫路城のお濠の所にでました

 

「姫路城」と「好古園」を一人でゆっくり見物しました。

 

 

神戸への帰り道、明石で下車、町を散策して「魚の棚商店街」(うおんだなという愛称だそう
です)に立ち寄りました。
活気のある商店街で、明石焼き屋さんを見かけて立ち寄りました、明石焼きを焼いているのが
見えるお店で満席でしたがすぐに入れて、本場の明石焼きを楽しみました。
これで1人前、多いようですがふわふわで薄味のだし汁につけて完食しました。

商店街の中の角店で、外から焼いているのが見えました。
良い雰囲気だったのに、お店の写真を忘れてちょっと残念!

商店街で名物の「いかなごのくぎ煮」も美味しいのが買えました。

 

帰りの電車の中で見かけた明石大橋、少し前から見えたのですが、カメラを用意している間に
通り過ぎてしまいました。

翌日この橋を渡り淡路島見物に向かったのでした。

 

(2022年12月12日)

 

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「姫路城」

姫路城の駅を大通りに出ると正面に小さく姫路城が見えました、徒歩で15分ほどでしょうか
お濠のところに出ました

大手門から入場します

世界文化遺産・国宝「姫路城」です

白い姿を目にしただけでワクワクしました

菱の門 表玄関にふさわしい城内で最も大きい門、両柱の上の冠木(かぶき)に木彫りの
菱の紋があることから、この名前が付けられました

大天守と乾小天守、西小天守などが見えました

城内の道は迷路のようになっています

ようやく天守閣に通じる道に出ました

かなり距離がありました

10月桜でしょうか満開の木がありました

人一人がやっと通れるような門など、敵を容易に大天守へ到達させない
様々な工夫があります

ようやく天守閣に入れました

入ったところは大天守の地階です

流しや厠などありました

東西大柱があります

姫路城にゆかりの武将たち

正面突き当りが姫路駅です

二階は破風の間

釘の頭部を隠すための装飾、6枚の葉をデザインしていて、葉と葉の間に猪目と呼ばれる
ハート形の隙間ができます (ガイドさんの説明が聞こえて興味を持ちました)

大天守には多くの武具掛けがあり、天守が武器倉庫としても使われていたことを示しています

天守内はこんな急な階段で、下りるとき少し怖かったです

5階が東西2本の柱の最頂部で、地下から5階の梁まで通し柱となっています
接合部分は昭和の補修の際に鉄板で補強しています

長壁(刑部)神社 姫山の自主神で、近代になって天守内で祀られるようになった、
江戸時代には城内の小高い場所に鎮座していたようです

江戸時代のここからの眺めはどうだったのでしょうか

姫路駅まで本当に直線道路です

6階は壁面すべてに窓が開けられる予定でしたが、築城途中で設計が変更され、四隅の窓を
塞いだことが分かったそうです

別名は「白鷺城」  冬の青空にも映えて美しいお城でした。

 

 

二の丸あたりにこんなところもありました、播州皿屋敷で知られる「お菊井戸」です

 

姫路から江戸までの距離と時間  (江戸時代好きとしてはちょっと興味のある内容でした)
姫路城主、酒井忠以の「玄武日記」によれば、姫路に6か月滞在したあと19日かけて妻子のいる
江戸へ戻りました。

大名行列は約400m、東海道山陽新幹線のぞみ16両分、1回の費用は1億7千万円
大名行列はその土地の収穫高によって定められていました。
32万石の鳥取藩で2000両との記録が残っています。

15万石で距離もやや短い姫路藩の場合、想定される費用はその約半分1000両程度で
約1億7千万円。
大名行列の最大の経費は人件費です、経費節約のため雇っていたアルバイトが3~6割程度の
記録もあります。

日程の徒歩19日は車で約7時間、新幹線で3時間45分、、、

 

長くなりました。

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朝の神戸港

7時過ぎ朝日がまぶしいほどの神戸港

 

フェリーを降りるとバスが待っていて神戸駅までの送迎がありました。

 

この日はホテルに荷物を預けて、1日息子夫婦と別行動にしました。
私は姫路に出かけました。

 

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12月の旅の続き「小倉散策」

北九州の台所旦過市場  鮮魚を中心に野菜、食肉、乾物、果物、蒲鉾、製菓など120件ほどの
店舗数と、その食材の多さに驚く歴史ある市場だそうです

 

その歴史ある市場が2度もの大規模な火災に見舞われたのです

 

ニュースで聞いた時、聞き違いかと思いました

 

励ましが書かれたたくさんの石片を見かけました

 

木造の店舗が密集する旦過市場

 

残念ながら日曜日でしたから、ほとんどのお店が休みでした

 

小倉は私は初めての散策でした

 

小倉城も初めてです

 

今回は都合で中に入っての見物はしませんでした。

 

 

小倉駅から鹿児島本線で3駅の戸畑駅下車

 

駅から若戸大橋の船乗り場に向かう道はなんだか閑散としていました、人通りがないのです

 

戸畑区から若松区を結ぶ、若戸渡船乗り場

 

料金は100円

 

片道3分で着いてしまいます

 

吊り端は長さ627mです

 

洞海湾に架かる赤い橋は若松・戸畑のシンボル的存在

 

1962年の開通当時、東洋一の長さを誇り、日本の長大吊橋の先駆けと賞されたようです

 

若戸渡船は古くから市民の暮らしに欠かせない交通手段として活用されています

 

乗ってきた船はすぐ戻っていきました

 

片道3分はあっという間、”ポンポン船”の愛称で親しまれてきたそうです

 

こちら側は若松地区

若松側橋の近くにレトロな建物が見られました、ほかにもいろいろな建物があったようです

 

「旧ごんぞう小屋」

北九州市では昔、石炭荷役をする沖中士を「ごんぞう」と呼んでいました
ごんぞう小屋はもともと洞海湾の渡船発着場として明治34年に建設され、その後昭和40年ごろ
までまでにごんぞうの詰め所として利用されていたそうです、今は休憩場になっています

 

我が家の菩提寺のお坊さんで、ご住職の後輩にあたる方がこの若松出身だそうで、住所は
知らなかったのですがご実家あたりを少し散策しました、見つかりませんでしたが、、、

 

出入り船舶見張り所あと

 

若戸渡船に初めての女性船長という記事を見ました、最後まで残り見ていたのですが
こちらが初めての船長さんだったのでしょうか? 横浜市出身のようです

 

駅まで戻るとすぐ向かいの建物で「戸畑祇園大山笠」が展示されていました

 

今年は開催されるといいですね。

 

この日はフェリーで神戸に向かいました、到着は翌朝です

 

 

夕食はフェリーのレストランでした

 

フェリーは温泉付きです

 

レディースルームです、何人乗りか気になっていました

 

この日は私一人だけ、入り口は鍵がかけられますが、寂しいくらいでした。

 

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唐戸散策

下関はもちろん、北九州の食のプロも通う卸売市場

 

一般の人も食材を安く手に入れることができるそうです、少しだけ散策

 

関門汽船桟橋はおおむね20分間隔で出発、関門海峡を渡る所要時間は約5分だそうですが、
この日はずいぶん長い時間をかけて徒歩で門司港からここまで来ました

 

「海響館」 市立下関水族館 立ち寄りたかったですが通過でした

 

水族館のお隣にあるのは、はい!からっと横丁 アミューズメントパーク、大観覧車から
関門海峡が一望できるでしょうが、残念ながらこちらも通過しました

 

やっと下関駅に到着です、かわいい提灯はやっぱりフグです!
ここから電車で小倉に戻りました。

 

唐戸エリアには、日本遺産の旧秋田商会ビルや旧下関英国領事館、下関南部町郵便局など
日本遺産の建物がいろいろありましたが、あまりに疲れて写真を撮る元気もなかったです。

この日は小倉から出発して、門司港見物、徒歩で和布刈公園を登り、展望台から関門海峡を
眺めて、関門トンネル人道を歩いて下関側入り口を出て壇ノ浦の合戦の跡、赤間神宮がある
唐戸の町を散策したあと下関駅から小倉に戻りました、残念ながら歩数は覚えていませんが
2万歩近くになっていたように思います。

下関駅近くの観光センターで、関門トンネル人道を歩いて渡った記念のカードを頂きました。

 

(12月10日)

 

本年は今日で終わります。
ご覧いただき有難うございました。

 

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唐戸「赤間神宮」

関門海峡を隔て門司港から遠くに見えた赤間神宮にお参りしました
源平壇ノ浦の合戦に敗れ。わずか8歳で関門海峡に入水された平清盛の孫である安徳天皇を
祀っています

対岸から見た時印象的だったこの赤い水天門は、鮮やかな竜宮造りで国登録有形文化財

「海の中にも都はある」という二位の尼の願いを映したものと言われます

 

境内には平家の武将たちを祀った「七盛塚」や、平家の幽霊たちに壇ノ浦の合戦の哀しい
物語を琵琶を奏でながら語った「耳なし芳一」の像などがある広い境内ですが、今回は
残念ながら奥までお参りできませんでした。

水天門を境内から見ると、海も見えて、本当に竜宮城を想像します

 

安徳天皇の御陵もあり、皇室の方が下関をご訪問される折には必ずお参りされるようです

 

下関最大のお祭りは、平家の女官たちが遊郭に身を落としながらも、年に一度安徳天皇の
命日に連れ立ってお参りしたことかが起源とされる「先帝祭」です。

そのメインイベントが5月3日の「上臈道中」。まさに上記のお祭りの光景を表したもので
昔の遊郭があったとされる場所から神社までを、十二単に打掛を付けた5人の花魁が町中を
練り歩きます、外八文字を踏む艶やかな姿を見に多くの参拝者で賑わうそうです。

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「関門トンネル人道」

和布刈(めかり)公園展望台から下りると、和布刈神社の前に着きました

 

九州の最北端に鎮座する神社で、関門海峡に面して社殿が立ちます

 

創建から今日に至るまで、和布刈神社の神さまはこの地で関門海峡を見守り続けています

 

大きな鳥居の前に

 

関門トンネル人道入り口がありました、エレベーターでかなり下ります

 

関門橋のすぐ近くに位置しています、九州と本州が最短の場所でしょうね

 

下関に向かいます

 

国道2号線です

 

トンネルはこんな構造になっています

 

先まで見えませんが、上り坂があるようです

 

門司から歩き始めて280m、このあと中間点に気づかず過ぎてしまったようです、両側の壁は
海中のように描かれて魚が泳いでいるところもありました

 

下関側に到着、振り向いたところです

 

15分ぐらい歩いたでしょうか、下関に着きました

 

門司側入り口で、スタンプを半分押して、下関に着いたところでもう半分押して、あとで
下関駅観光センターで関門トンネル人道踏破の証明証がもらえます

 

下関側のトンネル入り口です、ここは本州山口県です、九州から本州に歩いて渡ったわけです

 

白い建物が門司トンネル入り口です、鳥居も見えますね、後ろは和布刈り公園の山です

 

源平合戦の最後の舞台となった壇ノ浦に面しています

 

長州砲が関門海峡を通過する外国船に睨みをきかせていました

 

御裳川(みもすそがわ)バス停  唐戸、下関方バス乗り場です

 

こちら側から見る関門橋は違う感じがします

 

橋の下から少し行ったところに、山側にへばりつくように、傾斜を生かした
立石神社という小さな神社がありました、平家が西に下ったとき伏見稲荷の
分霊をここに祀ったといわれています

境内には平家の無縁の供養塔があるようです

鳥居から真っすぐの所にこんな石が置かれてありました、烏帽子岩というそうでこれが
立石神社の御神体と言われています。

毎年12月10日にここから近い赤間神宮の神官と漁業関係者などで、航海安全と豊漁を祈願して
重さ20㎏の注連縄を新しいものに替えお祓いをする「関の注連縄祭り」が行われるようです。

1184年の屋島の合戦で敗れた平家は下関市の彦島へ敗走したものの、現在立石稲荷神社がある
目の前の海峡で軍船が沈没し、御神体はこの地にとどまり海峡の守護神となったと言われて
いるそうです。

帰宅してから調べたのですが、この日がちょうど10日でした、注連縄が真新しいと思いました
が、替えたその日だったようです。
それにしても20㎏もの注連縄とは思いませんでした。

 

 

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和布刈(めかり)公園の展望台

古城山麓の和布刈神社(めかりじんじゃ)の鳥居と思いますが、
残念ながら横から見たので気が付かなかった、大きい鳥居でした

 

和布刈公園の古城山(こじょうさん)から橋を見ようと登ることにしました

 

かつて平知盛が源氏との合戦に備えて築城されたと伝わる門司城が築かれていたそうです

 

上り坂がきつくて展望台に着いた時はくたくたでしたが、この景色を見たら癒されました

 

関門海峡は船の往来が多いです、私たちもフェリーでここを通ったはずですが夜だったので
全く気づかずちょっと残念でした

 

第二展望台です

 

少し奥にあるので景色がちょっと変わる感じでした

 

白い部分はもしかして渦潮だったのでしょうか、それとも船が通った後かしら?

 

壁画は1400枚もの有田焼の陶板で作られているそうです

 

眼下に門司の町が広がっている感じ、巌流島も見えていたはずですね

 

本州がわずか700mの距離に迫る関門海峡です

 

こんな角度で関門橋を見られるとは思いませんでした

 

壇ノ浦源平古戦場はまた後で紹介しましょう

 

関門橋を下から見た景色もすごい迫力でした!

 

雄大な景色に圧倒されて疲れを忘れましたが、この日の歩数はこの後
とんでもない数字になりました。

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門司港散策

フェリーで到着した翌朝小倉駅から出発したのは

 

門司港駅、15分ほどでしょうか、すぐでした

 

門司港駅に着く少し手前でこのフェリーを見かけて駅からすぐ向かいました
寄港地ではないので息子が気になったようです

 

海沿いを門司港レトロな場所あたりに向けて戻っている時、白い関門橋が青空と青い海に映えて
すごくきれいでした

 

週末の午前中だったので海沿いに釣りを楽しむ人がたくさん見かけました

 

対岸は下関の町です、赤い竜宮城のような建物は赤間神社でこのあと立ち寄りましたが、
関門橋を渡ったのでなく、船でもなく山口県下関に渡りました、その方法は後程、、、

 

遊覧船乗り場でした、有名な巌流島は小さな島で場所によっては見えてました

 

ブルーウイングもじ(はね橋) 全長108m、日本最大の歩行者専用はね橋、1日6回跳ね上がる
そうです、ちょうど上がった橋が戻るところだったので、待っていた大勢の歩行者たちと一緒に
渡りました

旧門司税関  昭和初期まで税関庁舎として使われていた明治45年築の洋館

門司港駅は写真撮る間もなく電車から見えたフェリーが気になったようで歩き出してしまい
レトロな駅舎など写真に収められなかったのは残念でした

以前に一人で来たことがあり、全体の感じは覚えています。福岡空港から、ここ門司港まで
来て半日ぐらいゆっくり過ごした懐かしい所です

 

バナナのたたき売り発祥の地だったようで、前回は実際に駅前の広場で売ってました
同じ黄色でも高千穂峡で見かけたポストとは色が違います、こちらはバナナ色でしょうか、、

 

橋がだんだん近づいてきました

 

海沿いを歩いていると、かわいい観光電車に出会いました、ここが駅のようです。

 

レトロな門司港駅からの散策はすぐ終わり、徒歩で向かった次の目的地は思いがけない所
でした。

 

(12月10日)

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フェリーの旅

12月8日  出港は23時45分いつもならとっくに夢の中の時間ですが、横浜に住む息子夫婦の
家から今回も3人で横須賀のフェリー港に向かいました

 

手続きを終えてラウンジへ、出港までまだ時間がありましたが、普段早寝の私もさすがに眠く
なることはなく少し緊張して乗船を待ちました

無事出港

新門司港に到着予定は翌日21時、1昼夜をフェリーで過ごすわけです

 

フェリーの旅は10年~15年前に、大洗から北海道苫小牧に行った時以来2度目です

 

ロビーは広く、レストラン、カフェなどはもちろん、大きな浴場に露天風呂までありました、
船の規模が違いますが、壱岐、対馬に出かけた時のような揺れもなく、快適な旅でした

 

甲板にも出られます

 

11時ごろ横須賀に向かうフェリーとすれ違うとアナウンスがあり、甲板に出てみたのです

 

同じ会社の船ですからお互いに汽笛を鳴らし、遠ざかっていきました、場所がどのあたり
だったかはわかりませんでした、ずっと陸が見えていましたから、瀬戸内海あたりだった
のかもしれません。

新門司港到着は予定通り21時頃でした、小倉駅までバスが出ていて、門司駅により
小倉まで30分ほどかかったでしょうか、ホテルに着くとさすがにほっとしました。

(12月8日~9日)